ありふれたデート
平和極まりなかったモール内は一瞬で
幸いなのは、このテロともいえる犯罪行為が、それなりに計画的に行われていたことだ。
(威嚇射撃だけ。負傷者無し。死人無し)
一階の出入り口を封鎖し、従業員用の経路から脱出を図る客は放置。
ある程度客数が減ってきてから完全に封鎖。つまり人質の数をセーブしている。きっと殺しとは別の目的があるのだろう。
撃たれたと思っていた女性はどうやら奴らの仲間らしく、今やケロッとした顔で人質の包囲に混ざっていた。
(あーあ!せっかくのデートが。あーあ!どうしてこうなっちゃうのかな!もー!あーあ!!っていうかメテオなんとかって何それ名前ダサすぎない!?)
がらんどうになった焼肉店で、黙々と肉を育てながらリオはため息をついた。
騒動をまるっと無視してフードフロアに直行するアルバに続いてきたが、残念な気持ちはさっぱり拭いきれない。
ペットショップをひやかしたり、帽子屋さんでお揃いを買ったりとか、まだまだやりたいことが沢山あったのに……。
せめてこれ以上邪魔はしないでほしい。
そんなことを願ってみても、そうはいかないのが現実である。
「は?」
店の入り口に黒服目出し帽の二人組が現れた。
一人は巨大なボストンバックを。もう一人はあからさまな銃を持っている。
どうやらというかなんというか、やはりグループの目的は混乱に乗じた店の売上金強奪だったらしい。くだらないことである。狙う時間帯も変だし。
「え?は?!ちょっ、え???はー?!」
帯銃していることで気が大きくなっているのだろう。大袈裟に声を上げながら、男がこちらに近付いてくる。
「いやいやいやいや、おまえら、え!?なにやってんの???」
笑いを讃えながら声を上げる男を横目に、リオは肉を焼く手を止めなかった。
アルバに至っては声すらも聞こえていないかのようだ。
「なー、お前金詰めといてくれる?俺あいつらでちょっと遊んでくるわ」
「男タッパでかくね」
「外人だしあんなもんでしょ。女かわいいし」
さっと焼き上げた上タンをネギ塩に絡めてアルバの皿に乗せる。
「はいアルバ、焼けたよ」
皿を差し出せば、無言で見つめ返された。
食べさせろということらしい。
(これは、相当ご機嫌斜めだな。まぁ分かるけど)
こんな状況にも関わらず少しだけにやけそうになりながら、箸で肉をつまんでアルバに差し出す。
「はい、あーん」「あ〜〜ん!」
差し出した肉が横からパクッとさらわれた。
思えば、男の死が決まったのはこの瞬間だったのかもしれない。
「ん〜〜!うますぎ!ってかちょ、まって……えっ!ええええっ!?君、マジでかわいいじゃん!!」
リオは男の唾液がついた箸をそっと捨てた。
半分だけ腰を浮かせて、次の瞬間何が起きても対処できる体勢をとる。なお、怖くてアルバのほうは見られていない。
男はとんでもない虎の尾を踏んでいることにも気づかず、目出し帽をとって前髪をさらりとやった。30代半ばくらいのごくふつうの男だ。左手の甲に気持ちばかりのタトゥーが入っている。
「君さ、危ない男ってキョーミない?」
「…………まにあってます」
「いやいや、大丈夫。そんな怖がんなくていーから。俺たち、メテオ・シャインってチームの幹部なんだけどさ、今日の目的は金だけだし、女の子には基本やさしーから?それと」
視界から男が消えた。
リオはそっと合掌する。
「ぷ、ふぎっ」
座したままのアルバが、顔面ごと男の頭を掴み上げている。
腕にはいくつもの筋が浮いており、涼しい顔でいて相当な力を込めているのが分かる。男からは情けない悲鳴が上がり続けていた。みしみし音さえ聞こえてきそうだ。
「ぐっ、ぎゅ、ふぁ、ふぁなひぇ!!ひぇみぇ!!」
「……」
「うひころひゅじょ!!?!?」
男はぶるぶる震える銃口をアルバに向けたが、彼の目に映らない一瞬のうちにそれは奪い取られた。
アルバの左手で弄ばれる銃を見て唖然とする男は、依然、圧迫され続ける頭蓋の激痛に、今度は手足を振り回して暴れ始めた。
「おいてめえ!!!!」
この緊急事態を前に、ボストンバックの男は近くにいた数人の仲間をかき集めてきたらしい。リオたちはあっという間に数人の黒ずくめに囲まれた。
「こ、こいつ、何のつもりだ!?」
「一般人じゃないのか……?」
「てめぇら殺すぞごらぁ!!」
右手で男の顔面を持ったままのアルバが、ゆっくりと腰を上げ―――数秒。
呻きながら折り重なるように倒れる黒服たちの上に、泡を吹いて気絶している右手の男も投げ捨てられた。
何度か攻撃に使われた彼の後頭部は完全にパックリいっている。
「………お前は平穏が好きだろうが、どうせこうなる。そういう星のもとに生まれたことを恨むんだな」
横柄な口ぶりとは反対に、小さく下げられた視線にリオははっとした。
思えば今日の彼は、いつもと何かが違ったのだ。
アルバは早起きなんか苦手だし、人混みももちろん苦手だし、安い肉も食べない。
「………もしかしてアルバ、私が、このまま日本に居ついちゃうんじゃないかって思ったの?平和で、ありふれた生活に憧れてるって言ったから……?」
どうやら図星だったらしい。
苦虫を一気に噛み潰したような顔をそっぽに向けるアルバに、愛おしさが込み上げてくる。
今日このデートにリオを誘ったのも、自分もその気になれば平々凡々な生活を送らせてやれるとアピールするためだったのかもしれない。
気づいた瞬間、死屍累々の男たちを飛び越えて、リオはアルバに抱きついた。
「行くわけないでしょ!たしかに、平和で安全な暮らしって憧れるけど、でも、ずっとその中にいたいって思ってたわけじゃない」
魚が海や川を棲み分けるように。
人間にも生きやすい場所は存在する。肌に合う生き方が存在する。
リオはスペインでの暮らしが好きだ。
肌を撫でる乾いた風も、海のそばで明かす夜も。
それにアルバだけじゃない。
リオだってとっくに、戦いのなかで得られる昂りや興奮を知っている。命を危険に晒して生きている実感を覚える時も、あるのだ。
「私の家はDeseoだけ。アルバの隣だけなの」
「……」
「それにこれもいらない」
アルバからの返事も待たずに、左腕の根本あたりを探って義手のハーネスを外す。するりと落ちてきた硬い腕を、リオはソファの上に放り投げた。
「どうしてこんなの付けるんだろうって不思議だったの」
アルバの夜明け色の瞳が、ためらうように微かに揺れる。
「……目立つだろ」
「気にしない!任務じゃないし、それに」
リオは慈愛を込めて微笑んでみせた。
彼がもう二度と、そんな小さな不安を抱かないように。
「アルバは何一つ欠けてない。今のままで最高に素敵。一生、そのままのあなたを愛してるって約束するわ」
アルバの表情にいつもの穏やかさが戻るのに、そう時間はかからなかった。
リオの頬に腕をのばし、その陶器のような肌を撫でて唇を寄せる。何度かキスの雨を降らせた後で、アルバは小さく言葉をこぼした。
「……人並みは、やれねぇ。でも俺の一生をやるから」
だからどこにも行くな、と、彼はそう言っているのだ。
リオは微笑んで抱きしめる腕に力を込めた。
そんなこと、誓うまでもないことだ。
「ね、アルバ、帰ったら久しぶりにチェスでもしない?あとは、カタラーナも焼きたいな」
悪くねぇ、とアルバも目元を和らげる。
「コーヒーは俺が挽く」
「うん。アルバのコーヒー、苦いけど好き」
愛おしげな視線をくすぐったく受け止めながら、しばらく幸せに浸っていれば、アルバは最後にリオをひとなでして顔を上げた。
ようやく動く気になったらしい。
その表情は、すでに首領のそれに戻っている。
「さっさとゴミ共を片付けて帰るぞ」
「Listo(了解)」
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