全員集合

「これは一体どういうことですか。会長」


 立ち上がったのは東だった。


「転入生を勧誘するなんて話、聞いていませんが」

「当然だ。さっき決めたからな」


 悪びれる風もなく廻神が言う。


「こいつは必ず役にたつ。俺の直感だがな」

「ですが」

 東はちらりと教室の前方でクラスメイトたちに紛れて立つ撫子を見た。

 廻神もそれに気付いたらしい。

「藤野は良い生徒だが、今俺が求めているのはそういう人間じゃない」

「そんな」

「俺は別にこの子で良いと思うぜ」

「……五十嵐」


 ぎりっとこちらを睨む東など気にもとめず、五十嵐はリオの机に腰を乗せた。笑顔は浮かべているが、口元は無理やり引き上げている。


「個人的にもちょーっとこのままじゃ我慢ならねーとこだったし、むしろちょうどいいんだよな」

「……あら、うふふ」


 リオは五十嵐にも意味のない微笑みを返した。

 依然、小指はトリガーに挟まっている。


「失礼します」

「お、いたいた」

 かららっと後方の扉が開き、さらに生徒が二人中に入ってきた。

「リオ!」


 名指しで呼ばれればさすがに反応せざるを得ない。

 見ると、そこには昼間出会った志摩と、リオの知らない男子生徒がいた。


(え、ねえ、あれ、一年の瀬川君じゃない!?)

(え!?入学早々レギュラー入りしたって噂の?)

(私の友達ファンなんだけど、笑ったとこ誰も見たことないらしいのよね)


 周囲のざわめきの中から彼の情報を拾うと、どうやら彼もまた剣道部らしい。それにしても石みたいに表情の動かない子だ。

 人垣を越えてきた二人は既に深い藍染の剣道着姿に着替えている。


「王凱から勧誘されたろ?ほら、行こうぜ」

「行くってどこに……あっ!」

 思いがけず力を緩めたのが良かったのか、するっと指がトリガーから外れた。

(よかった、やっと取れた……!)


 リオは急いで机の中から手を引き抜いた。

 そうなってようやく、自分を取り巻くこの状況を直視する。


(何これ)


 どうやらリオは今二つの組織への勧誘を受けているようだ。

 しかし、どういうわけだろう。

 生徒会長である廻神とは先ほどちょっと――いや、かなり険悪な雰囲気になってしまったし、五十嵐に至っては「嫌い」とはっきり言い放った相手だ。もう一人、メガネの生徒会副会長のほうはなぜか今しこたまこちらを睨みつけている。


 その一方で剣道部の方は、三人中二人と初対面。

 正直、どちらにも関わりたくはないものの、今は仕事中。

 リオの回答は一択だ。


「生徒会入る」


 リオの即決にクラスが再びどよめく。今やこのとんでもないイベント発生に、他のクラスからの見物人たちまで現れている始末だ。

「はあ!?何でだよ!!」

「だって剣道部に入っても剣道できるわけじゃないんでしょ?」

 喚く志摩にリオは昼間と同じ台詞を口にした。が、もちろん理由はそこにはない。


 今リオに向けられている、このおぞましい殺気の出どころであるは、きっとそちらのほうを嫌がる。なんせご執心の生徒会長だ。

 何が彼の琴線に触れたのかは分からないが、廻神から近付いてきてくれたなら願ってもないことだ。しっかり便乗させてもらおう。


「リオちゃん」


 そう思っていたのに、やはり口を挟んできたのは撫子だった。


「あのね、こんなこと言いたくないんだけど、生徒会に入るのってけっこう覚悟がいることなんだよ……?入るのも大変だけど、入ったあとも、プレッシャーで潰れちゃう子とかもいるから……私、心配だな」


 心配の体を装っているが、撫子の目の下はしきりにピクピクと動いている。

 リオはからりと笑った。


「大丈夫。それに、何かしらの部活には入ろうと思ってたから」

「そんな理由で生徒会うちに入れると思ってるのか」


 声の主は当然、東だ。リオを親の仇かのように睨みつけている。


「帝明高校の生徒会に属することほど名誉なことはない。入学当時、学生の七割が志願し、入会できるのはたったの数人だ。それも選挙で選りすぐられた人間か、難関試験を上位で突破できる学力の持ち主だけ。君みたいな、ただの一般生徒が、運良く入っていいような場所じゃない」


 力みすぎて真っ赤になっていたが、東の言葉には同意する生徒がほとんどだった。


「……仕方ないな」

 小さくひとりごちたのは、意外なことに廻神である。


「“Errar Es Humano, pero Más Lo Es Culpar de Ello a Otros”」


 唐突に廻神の口から滑り出た流暢なスペイン語に、リオはぴくりと反応し、唇を尖らせた。

 スペインでは有名な格言だ。

 意味は、「過ちは人間の性だが、それよりもひどいのはそれについて責め立てることだ」というようなもの。昼間のことを言っているのだろう。


「……Ya se acabó, ¿no?(それはもう終わった話でしょ)」

 リオが気まずげに答えると、廻神がにやりとした。

「Questa è un'aula. quindi sono il vincitore(いいや。ここは教室だろ。だから今度は俺に軍牌があがる)」

 この男、見かけによらずとんでもない負けず嫌いだ。

 リオは思わず呆れたが、ふとある違和感に気づいた。リオが今もらった彼の返答はイタリア語ではなかったか。


「Forse...Parli anche francese?(もしかして、フランス語もいける?)」

「Bien sûr(当然)」

「那么中文呢?(中国語は?)」

「我在小学就学过(小学生で覚えた)」

「Waren sie schon mal in Deutschland?(ドイツに行ったことはある?)」

「Ich bin oft zum Städel Museum spazieren gegangen.(シュテーデル美術館には散歩がてらよく行くな)」

「Ce zici de romana?(ルーマニア語とかどうかな?)」

「Buna dimineata(オハヨウ)」

「भवतः प्रयत्नाः आश्चर्यजनकाः सन्ति」

「あ!?おい何だ今の!」


 にやあ、と今度笑みを深めたのはリオだった。

「サンスクリット語はまだなんだ」

「……お前な」


 脱力した廻神の後ろで、どおっと生徒たちの歓声が上がる。


「な、何だよ今の!?あの一瞬で二人とも何ヶ国語話したんだ!?」

「廻神様すてき……!!」

「あの転入生めちゃめちゃすげぇな」


 ちらりと撫子を見れば、顔には笑顔を貼り付けたままブルブルと震えている。予想外の展開に頭が追いつかないらしい。

 称賛の渦の中で、廻神が東に向き直る。


「帝名学園の編入試験は、倍率7.2倍。それをくぐってきた奴が優秀じゃないはずがない」

(たしかにあのテストは難しかった…)

「東。お前のいう必須条件は、こいつもちゃんと満たしてる」

「……そのようですね」


 東が悔しげにリオを見た。


「さあ。歓迎しよう。リオ・サン=ミゲル」


 廻神はどういうわけか、昼間の一件の全てを水に流してくれたらしい。器が大きいのか、はたまた何か思惑があるのか。


(なんにせよ、これに乗らない手はないか)


 差し出した手を握り返そうとしたところで、横からそれを遮る者がいた。


「駄目だ」


 リオの腕を掴んだのは志摩だった。

「……お前、剣道好きなんじゃねーのかよ」

 まっすぐ問われ、リオは思わず頷いてしまう。


「俺も好きだ」


 志摩の飾らないストレートな言葉に、何人かの女子たちが頬を赤らめている。

 当の本人はまったく気付いてもいないが。


「たった一回しかない高校生活だぞ。大してやりたくもないものに費やすなんて馬鹿らしいだろ。練習は時々俺らが見てやるから、一緒に全国目指そうぜ」


 ――…一緒に全国目指そうぜ

 なんて、青くて瑞々しく破壊的な響きだろうか。

 おおきく揺らぎかけているリオのそばで、五十嵐がぼっそり呟いた。


志摩おまえって時々そういうとこあるよな」

「は?どういう意味だよ五十嵐」

「別に〜?天然タラシっておいしいなって思っただけ」

「意味わかんねー……。で、どうする?リオ」

「生徒会だろ?リオちゃん」


 二人に迫られ、リオはとうとう、口を開いた。

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