お兄ちゃんの恋成就させ隊、結成

「実は今、撫子がアルバ達と接触してるの。だから私は君らがそっち行かないための見張り役」


 他に聞こえないようこっそり言うと、伊良波はあからさまにゲンナリとした顔でリオを見た。


「……じゃあやっぱ、さっきの除け者にされてるっていうのは嘘ね」

「え?」

「ハイハイ。まーそうだと思ってましたけど」

「なんで残念そうなの」

「君がひとりぼっちになればいいと思ってたから」


 あまりに唐突に毒を吐かれてぽかんとする。伊良波は手元のサラダをつつきながら、心情の読めない顔で黙りこくっている。


「……伊良波?」


 彼からの言葉を待っていれば、やがてため息と共にぽつりと溢された。


「……僕、ずっと地下室で待ってたんだよ」

「えっ」

「なのに突然、君もジルも来なくなるしさ。ふつーに孤独だったんですけど」

「伊良波……!」

「いや別にいいですけどね。所詮僕なんかただの知り合いですし?」


 かすかに声がうるんでいるような気がするが、気のせいだろうか。


「でも突然連絡途切れてそっちは爆イケ彼氏とよろしくやってるのってどうなわけ。僕は研究も手につかないのに」

「あの、ごめんね、伊良波、私」

「あーイイですイイです。どうせ僕は部外者ですし」


 これは完全に不貞腐れている。

(もしかして、ジルが言ってた思案事項って、伊良波のことだったんじゃ……)

 リオは苦笑しながら、伊良波の頭に手を伸ばした。

「は?子供扱いしないで」

 パシッと手が払われ、リオはいよいよ困り顔になる。


「ごめんね、伊良波」

「……」

「私、伊良波のこと部外者なんて思ってない。友達だって思ってるよ」

「……」

「困ったな……、どうしたら許してくれる?」

「……」

 ここでようやく伊良波と目があった。彼はしばし躊躇うように口をもごつかせ、そのうちにぽつりと言った。


「…………名前」

「え?」

「……僕のこと、名前で呼んで」


 そんなことでいいのか、とリオは尋ねそうになったが、伊良波がおもいのほか真剣な眼差しをこちらに向けていたので、彼の望む通り、その名を口にした。


ともえ


 しばらくして顔を上げた伊良波が、微かに目を細める。嬉しいような、複雑なような、微妙な顔だった。


「……やっぱりね」

「?何がやっぱり?」

「僕の前頭葉が君贔屓って話」

「なにそれ」


 つい吹き出すと、伊良波が少し頭を下げて近付けた。撫でていいよ、という意味らしい。ありがたいことに機嫌も治してくれたようだ。 

 白くやわらかい髪をなでながら

「伊良波、猫みたい」

 と呟くと、

「じゃあ、君以外には懐かない」

 とおかしな返事が返ってきた。



 そんな二人を遠目に見ながら、どこか絶望した面持ちを浮かべるのは、伊良波家の双子、刹那と那由多である。


「廻神さん、あれってつまり、ことですよね」

「お兄ちゃんって……やっぱりミゲルさんのこと……」


 尋ねられた廻神は「何の話だ」としらばっくれたが、こればっかりは、傍目に見ても察するなと言うのが無理なほどの気の許し具合だ。

 あの「人間」に対して興味関心ゼロだった伊良波が。

 双子が絶句するのも無理も無い。


(しかしあいつ、距離のつめ方異常だろ。コミュ障が功を成してるのか……?俺は、藤野がいる手前、気安くリオに話しかけられないしな)

 人知れずやきもきしていた廻神は気付いていなかった。

 彼の背後で、こっそりと双子がテーブルを離れていたことを。




「あっ、いた!」

 廻神たちから少し離れたテーブルでぽそぽそと食を進めていた五十嵐は、両サイドからにょきっと現れた双子に肩を跳ねさせた。

「うおっ」

「五十嵐先輩発見!」

「あれ、珍しく女性に絡まれてないんですね」

「……お前らな」

 きょろきょろと五十嵐の周囲に目をやる那由多に、呆れた目を向ける五十嵐。


「俺だっていっつも女といたいわけじゃねーんだっつの」


 実際、ゲストとして招かれた俳優と遜色ない顔立ちを誇る五十嵐は、先ほどからも何人かの女性に声をかけられていた。それを、いつもなら愛想良く応じるものを、今日は無視一徹を貫き通したのには理由がある。


(……どうしても、あいつを目で追いかけちまう)


 着物姿の撫子は、堂に入っていたのもありたしかに綺麗だった。

 それでも次の瞬間、ブルーのドレスを身にまとったリオが現れた時、五十嵐はその感情を形容する言葉を失くしたのだ。

 ほっそりと長い首に、浮き出した鎖骨。耳元に揺れるパールは、まるで深海から共に引き連れてきたかのようだ。

 その壮絶な美しさに反して、思い出すのは放課後、紙の花に囲まれて眠る無防備な彼女の姿。


(あいつだけは絶対、何があっても、ダメ。ダメダメダメ。ありえねえ。100パーセント無理。つーか彼氏いるし。無謀すぎてトライの価値なし。つーか、そういえば俺嫌われてんじゃん)


 瞑目して悶々と考え込んでいた五十嵐は、自分でその事実に直面して勝手に深いダメージを受けた。


(……そうだよ。つーか、撫子どうすんだよ。明日呼び出したはいいけど、俺何言うつもり?「撫子のそのアザってほんとにあいつがやったの?」って?バカじゃねーの。そんなこと言ったら、俺が撫子のこと疑ってるみてーじゃん。………あん時みたいに)


 五十嵐は、思い出していた。

 かつて朱音が撫子に手を挙げたと噂になっていた時、彼は同じセリフを撫子に向けたのだ。

 それ、ほんとにあいつがつけた傷――?って。


(あの時、撫子、悲しそうに笑っただけだったな)


 五十嵐が朱音の本性に気付いたのはそのすぐ後のことだ。

 その日から、五十嵐はもう二度と撫子を疑わないと心に決めたのである。


(やっぱ、撫子裏切るとか、無理だわ。でもリオのことも疑いきれねぇ……糞、どうすりゃいいんだよ)

「五十嵐先輩」

「あ?……何だよまだいたの」

「ずっといますよ!」

 二度目の驚きだ。考え込んでいたせいですっかり双子の存在を忘れてしまっていたらしい。


「いつまで百面相してるんですか。っていうか、その感じじゃどうせ僕たちの話聞いてなかったでしょう」

「……わり。全然聞いてなかった」

 ハァ、とこれみよがしにため息をつく那由多。生意気な後輩への制裁は、彼の片割れ、刹那の一言できれいに吹き飛んだ。


「もう!だからぁ、ミゲル先輩を尾行して、あの人の素性を探りましょう!って話でしょっ」

「……はい?」


 耳の横でくくった髪をぴょこぴょこ揺らしながら、刹那が力強く言い放つ。


「あの人、謎があり過ぎるもの。撫子先輩のことにしろ、お兄ちゃんのことにしろ、まずはミゲル先輩を知らないと!」

「あの人がどこに住んでて、どういう生活をしてて、どういう人間なのか、僕ら何も知らないからですからね」


 なるほど、たしかにそれもそうだ。

 双子がその結論に至った成り行きは不明だか、ちょうどその悩みの真っ只中にあった五十嵐からすれば、まさに天啓を得た思いで聞いていた。


「五十嵐先輩なら乗ってくれると思ってました」

 目の色が変わった五十嵐を見て、那由多と刹那は頷き合う。


「ひいては、今日僕らは先輩の家に泊まるってことにしてくださいね」

「は?何で?」

「お兄ちゃんと同じ車で帰らない理由付けに決まってるじゃない。会場の外にタクシーは呼んであるから」

「……は!?尾行って今日!?このあと??」

「もちろん。思い立ったが吉日よ!」


 言うなり、二人は五十嵐の腕にがっしりと抱きついた。側から見れば先輩にじゃれついてる可愛い後輩たちであるが、五十嵐はこれが「逃がさないぞ」であることを知っている。

 双子、改め、ブラコン妹弟はこう言った。



「お兄ちゃんの恋成就しさせ隊、ここに結成よ!!」

「マジかよ……」

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