Restart

「……撫子?」

 いつもと様子の違う撫子に、宮城たちがおそるおそる声をかける。

 顔を上げた撫子はぽろっと涙をこぼした。


「変なこと聞いちゃって、ごめんね」


 彼女は嗚咽を交えながら語り出す。


「実は私、10年くらい前に一度だけスペインに行ったことがあるの。旅行でね……。それでその時、彼と話したことがあって」

「え!?!」

 女子たちが途端に色めき立つ。

「まさか撫子」

「………うん。彼、私の初恋なの」


 キャーと歓声が沸いた。

 ススピロ、ノーチェが、完全に色を失った顔つきをしている。というか撫子、あんたスペイン行ったことないって言ってなかったっけ。リオは心を殺した。


「ねー!!それって運命じゃない!?」

「そ、そんなんじゃないよ」

「だって10年越しの再会でしょ?!ロマンチックすぎるんだけど!!」

「でも、きっと忘れられちゃってるし……」

「絶対覚えてるって!!ねー、今日昼休みに行ってみようよ!」

「え、でも、リオちゃんが」

「行くだけ行くだけ!」


 ポケットに手を突っ込んだノーチェが、中で何かを握り直した気配がした。

「ね。ノーチェ、何か持ってる?」

 こっそりと尋ねる。

匕首ひしゅ

「中国の暗器……」

「今練習中なんだよな。ちょうどいい的がいてラッキーだわ」

「顔が笑ってないのよ」


 ぽそぽそとやりとりをしていると、涙を拭った撫子がリオの前に立つ。


「ごめんね、リオちゃん。でも安心してね。私のはもう終わった恋だし、今はリオちゃんたちのこと応援してるから!」

「……」


 うまいな、と思う。

 こうして公言することで、撫子は周囲を味方につけたのだ。自分から「私の方が釣り合ってる」と口にするのではなく、周囲にそれを浸透させる。特に今、リオの評価は最底辺を彷徨さまよっているのだから。


 だが、そっちがその気ならば、リオが言うこともまた決まっている。


「……よかった。」


 ほっとしたように微笑んだ。


「私もつい最近、やっと想い合えたばかりなの。長い片思いだったから、あなたに邪魔されたら困るもの」


 まだ素性が明かされていない今、現恋人のリオができる牽制けんせいなどこの程度が限界だ。

 しかしこれでも撫子にはしっかり効いたらしい。かっと赤くなってわなわな唇を震わせ始めた彼女が、何かを告げるべく口を開いたが、それよりも先に教室の中央でガタっと大きな音が鳴った。


「……」


 見ると、東が突っ立っている。

 勢いよく立ち上がったのか、彼の後ろには椅子が倒れていた。


「……東?」

 クラスメイトの声には答えず、彼は前を向いたまま呟くように告げた。有無を言わせぬような声で。


「もう授業が始まる。皆席についてくれ」


 しん、と一瞬静まり返った教室に、遅れてチャイムの音が響いた。

 わらわらと席につき始める生徒たちの隙間で、一瞬、東と目があった気がしたが、すぐに逸らされた。

 あの物言いたげな、寂しそうな目は、一体なんだったのだろう。


「リオちゃん」

 去り際、撫子がリオに囁いていく。


「昼休み、ちょっとだけいいかな」


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