第14話 武術試験 秒殺を回避しろ!

 カトレア様とは放課後の僕の空いている時間に、古代語を教える事になった。土日のお休みの日はレミーナ様と例の件で色々とやる事があるので、カトレア様との時間を作るのは難しいだろう。


 そして今週は中間テストの締めとして武術と魔術の試験がある。試験は武術と魔術に分かれて行われ、必ず何方か1つの試験を受けなければならない。試験方法は何方もトーナメント戦で行われる。


 僕は武術試験にエントリーした。基本的に魔術の方が得意だけど、人前で時空魔法を使う訳にはいかない。あまり悪目立ちはしたくないし、空間切断魔法なんか使ったらクラスメイトの体が真っ二つになってしまう。


「ガハハハ! またしても俺様の力を見せる時が来たな! おいエレナ! 今日こそ俺様が勝つからな! 楽しみにしとけ!」


 テンション上げ上げのアーベルト様だが、エレナ様に勝つのは無理だろう。『王子様暴走編』では『王子様冒険編』で発生する戦闘イベントの多くはエレナ様が解決する流れになっている。つまりエレナ様は実戦を多くこなしているため、アーベルト様と大きなレベル差がある。


 そして武術試験の1回戦の僕のお相手はそのエレナ様だった……。


♢♢♢


 不味い! 不味い! 不味い!

 トーナメント初戦で負ける予定はあったけど、秒負けは赤点だ! なんぼなんでも3分は粘らないとヤバい!いや先生達も多少は配慮してくれる筈だ。秒負け回避! これが僕の戦術目標だ!


 武術試験は学院の第1闘技場で行われ、第2闘技場では魔術試験が行われている。レミーナ様やカトレア様は魔術試験に参加しているのでこの会場にはいない。


「ルイン~! ガンバレ~!」


 僕を応援してくれているのはリビアンさんだ。


「ハハハ……」


 親指をサムズアップしているリビアンさん。いったい何を期待しているのやら。


 さて、どうやって秒負け回避をしようかね。闘技場を歩きながら考えるが、あの魔法以外に使えそうな魔法が思い付かない。


 因みに武術試験でも魔法は使っていいルールだ。つまり魔法剣士は武術試験でも魔術試験でも参加して構わない。しかし武術試験は近距離スタートなので魔法を唱える間がなく、魔術試験は遠距離スタートなので遠距離魔法が不得意な魔法剣士は接近前にやられてしまう。悲しいかな魔法剣士にとって何方に参加しても厳しいルールだったりする。


 闘技場中央、僕の10M前方に美しき戦姫の異名を持つ公爵令嬢のエレナ様がいる。お互いの武器は木剣に皮鎧だ。禁止事項は頭と喉などの急所への攻撃だが、一連の流れで不可抗力で当たった場合はその限りではない。まあ、エレナ様ならそんなミスはしないだろうから安心出来る。


 僕は木剣を正眼に構え、エレナ様は特に構えを取っていない。先手は僕に譲ってくれるのだろう。いや、後の先か?


「ルイン君」

「はい!」


 開始直前にエレナ様が話しかけてきた。陽動か?


「剣を持つ手が左右逆ですよ」

「あっ!」


 すみません。剣も碌に握れないへっぽこで。


「ルイン君は魔術師ですよね? 何で武術試験に?」

「………僕にも色々と都合が有りまして……」

「………ならいいんですが……」


 手を持ち替えて握り直す。審判の先生が開始の旗を振った。


「∧∂*ηА♭*θ!」

「……聞いた事がない呪文? 古代語ですか?」

「安全祈願のお祈りです」


 僕の呪文で警戒されたのかエレナ様も木剣を構えた。


 取り合えず時間を稼ぐ。僕は下手クソな摺り足で時計回りに動く。エレナ様は足だけで向きを変えて、斬り掛かってくる気配をみせない。


「……ルイン君、剣の腕はともかく戦闘慣なれしている目をしていますね」


 流石はエレナ様だ。僕も森で魔物を沢山仕留めている。ずぶの素人ではない。一先ずは戦術目標の秒負け回避は成功だ!


「行きます!」


 エレナ様が動いた。10Mあった距離が一瞬で無くなる。そして右肩狙いの鋭い袈裟斬り。でも僕にはゆっくりに見える。試験開始直後に使った魔法は『体感加速』。体感時間を早める魔法で世界がゆっくり動いているように見える。


「ぁっぶない!」


 僕はそれをギリギリで躱した。更にエレナ様の振り下ろした木剣が僕の左足を狙う。左足を上げてその剣を躱す。そろそろ潮時かな? エレナ様の剣を2度も躱せば赤点回避は出来るだろう。僕はそのままバランスを崩して地面へと倒れた。


「それまで!」


 審判の先生が僕には荷が克ちすぎると判断して試験はここで終わった。僕は起き上がり開始線の場所に戻った。


「「ありがとうございました」」


♢♢♢


 僅かな試験時間だったけど、戦姫のエレナ様が放つプレッシャーで、僕は大汗をかいていた。水場で顔を洗っているとエレナ様がやってきた。


「ルイン君、君が使った魔法は何ですか?」

「僕が魔法を?」

「はい。加速系のバフ魔法かとも思ったのですが、加速系魔法は高度な上に使い手も少ない。ならばルイン君が使った魔法が何なのか、とても気になりました」

「……僕が使ったのは安全祈願のお祈りだけです。お蔭様で怪我なく終われました」

「……そうですか。安全祈願ですか……」


 そう言って僕を見つめるエレナ様。綺麗な淡い青みのかかった長い銀髪が風で靡く。美人とも美少女ともとれる顔立ちのため男子だけではなく女子にも『お姉様』として大人気のエレナ様に見つめられて、僕の顔が紅潮してきたのが分かる。


「最近、レミーナやリビアンがルイン君の話題を良く出すので、少し興味を持っていました。特にリビアンが男性を褒めるのは珍しいので」


 えっ! 何それ? 僕の何を話してるの? 怖いんですけど!


「私も君に興味が出ました。次は本気の手合わせをお願いします」


 そう言ってエレナ様は去って行ったのだけど、いやいや、本気の手合わせとか無理だよね! 今のは聞かなかったことにしておこう!


 武術試験はエレナ様の優勝で幕を閉じた。決勝戦は当然の事ながらアーベルト様との対戦になったが、エレナ様の慈悲無き剣戟にて秒殺だった……。

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