第45話 国王崩御

 久しぶりの学院だ。教室に入る時はドキドキした。1週間も休んだんだから、周囲の視線が痛いとか、机が無くなっているとかね。


 ガラガラとドアを開けて教室に入る。何人かのクラスメイトはチラッと僕を見たけど、反応は薄い。反応が薄いのはいつものこと。


 しっかりと僕の机も落書きなどもされずに残っていた。これも日頃のボッチ生活の賜物ってやつだね!


「おはようございます、カトレア様」

「おはようございます、ルイン君」


 カトレア様も、昨夜学院寮に空間転移で送り届け、今日は学院に来ている。


 暫くして第2王子のアーベルト様が、伯爵令嬢のメリッサ様と取り巻き連中を引き連れて教室に入ってきた。里帰り中の男爵令嬢のニーチェ様の姿は見えない。


 あれ?知らない女の子がいる。金髪の長い髪に白い肌の美少女。何だろう?不思議と魅力的な女性だ。


「ザコ、てめえ!何勝手に気安く休んでんだゴラアァッ!」


 僕に気が付いたアーベルト様が吼えた。あれあれ?他のクラスメイトからは空気な僕に、アーベルト様だけが僕に気が付いたよ?何だか微妙だけど、ちょっと嬉しかったりして。


「何笑ってんだザコ!」

「そうだ、そうだ!てめえの変わりに俺が日直やったんだぞ!」

「てめえが今日はパシりやれよ!」

「アーベルト様の宿題も溜まってんだからな!」


 ハハハ。


「カトレア様、あの人は?」

「クリスツェンさんね。先日、転校して来たんです。隣国のトラバニアの貴族と言っていましたよ」


 クリスツェンさん?ゲーム『ドキプリ』には出てきていないよな?ゲームに出てこない人が、アーベルト様の近しい場所にいる?


 僕はクリスツェンさんをマジマジと見てしまったせいか、クリスツェンさんと目が合った。めちゃくちゃ美人さんだ。言ってはなんだが、隣にいるヒロイン設定のメリッサ様でさえ霞すんで見える。


 目が合ったクリスツェンさんだけど、彼女は僕をタダのパシりなモブキャラと認定したのか、興味も湧きませんわ的な顔で、アーベルト様の方に顔を戻した。何見てくれてんだザコモブがぁ!カーっ、ぺっ的なリアクションを取られなかっただけ、ヨシとしよう!


♢♢♢


 何事もなく午前の授業が終わり、お昼休みになったので、久しぶりにボッチの聖地である校舎裏に昼食を食べに行こうとした時に、教室の向こうで声を荒げる女の子の声が聞こえてきた。


「貴女!少し図々しいと思いませんの!」


 声を荒げていたのはメリッサ様だ。お相手は転校生のクリスツェンさん。


「私の国では、『食事を遠慮する馬鹿、愛を伝えぬ愚か者はゴブリンに笑われる』と言う諺が有ります。わたくしもゴブリン如きに笑われたくはありません。恋に時間は必要ないと思いませんか?」


 何とも凄い諺だけど、おつむと素行の悪さを除けば、やんちゃ系イケメン主人公のアーベルト様だ。一目見てキュンする女の子は少なくない。


「わたくしの方がアーベルト様とのお付き合いは長いのです!昨日、今日の貴女には割り込んでほしくありませんわ!」


「長い?アーベルト様にお伺いしたところ、学院にご入院してからのお付き合いとか?ならば3か月程度。百年の恋からしたら瞬きの一瞬にすぎません。刹那の時のことを言われても困ります」


「わ、わたくしとアーベルト様の時が、刹那の恋ですと……」


 いや、そこまでは言ってないと思いますよ?『刹那の時』は一瞬の時、『刹那の恋』はいつかは終わる恋だからね。大違いですよ、メリッサ様。


「あ、貴女……いい気になっているとニーチェみたく……」

「ニーチェ?」

「な、何でもありませんわ!あ、貴女がぐずぐずとしているから、アーベルト様がお食事に行かれてしまったではないですか!」


 メリッサ様が無茶振りをして、早足で教室を出ていった。残されたクリスツェンさんを見ればクスクスと小さく笑っている。


 ゾクリ


 最後に見せたクリスツェンさんの微笑みに寒気が走る。美人さんの秘めた微笑だからか?女性経験に乏しい僕にはその意味を説くことは出来なかった。


♢♢♢


 午後の6限目の授業中に禿げた見知らぬおじさんが教室に来て、アーベルト様を呼び出した(後でカトレア様に聞いたら副学院長でした)。アーベルト様「おっ、来たか!」と顔をニヤつかせて出ていった。


 バカ王子は笑いながら出ていったが、この国にとっては笑い事ではない。僕は隣に座るカトレア様を見た。カトレア様も僕の顔を見て頷いた。とは言え、今の僕たちに出来ることはない。時が来るのを待つだけだ。


 暫くしてアーベルト様が戻ってきた。


「オヤジが死んだ!これからは俺様の時代だ!頭でっかちの兄貴なんかに俺様の国は任せられねえ!俺様が国王になる!」


 アーベルト様はここに王位継承を巡る宣戦布告をした。謀略を好み、夢は帝国をも飲み込む大王国を目指す第1王子。そこには国民の幸せはなく、戦乱の日々が待っているだろう。対する第2王子のアーベルト様は……。


「俺様が国王になるんだから、俺様に傅かえろよ!女共は夜に限らずいつでも来い!奴隷よりはましに可愛がってやるからよ!」


 ……最低の施政方針演説だよ!女の子を抱く以外には興味ありませんみたいな国王に誰がついて行くものか!


 教室には第2王子の言葉に、僕のように腹を立てる者もいれば、今から媚びへつらう者、苦笑いで誤魔化す者もいる。そして、クリスツェンさんはまたあの時と同じ怪しい笑みを浮かべていた。

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