第10話 友達が出来た日

 昨日の事もあってか、右斜め後方に座るレミーナ様からの視線がいつもより多く飛んでくる気がする。そして横並びの4つ目の席に座る女の子からも未だに度々視線を感じる。


 最初は誰子さんかと思ったが、以前にレミーナ様に泥を飛ばしてしまった時にいた女の子だった。


 何故に彼女が僕の方を見ているのかは未だに謎だけどね。オッと! また隣の席の侯爵令嬢のカトレア様に睨まれてしまった。


♢♢♢


 お昼ご飯をいつもの校舎裏のベンチで食べているとレミーナ様が現れた。近くのベンチに座るボッチ学生達もびっくりしている。ボッチが集まる校舎裏に現れた絶世の美少女。まさに掃き溜めに鶴とはこのことだ。


「こんにちはルイン様」

「こんにちはレミーナ様。こんなところに如何されました?」

「えっ!? き、昨日のお話しの続きをと思いまして」


 少し頬を赤めたレミーナ様が眩しい笑顔で僕の隣に座った。


「昨日の話しですか?」


 囓っていたコッペパンを食べるのをやめて辺りを見回す。辺りにはボッチ学生がポツリとポツリとベンチに座って食事をしたり本を読んだりしている。昨日の話しについては、当然教室では話せないが、ここで話すのは憚れる。


「ここで話すのも如何かと思いますが……」

「そうですか……そうですよね……」


少しシュンとして俯いてしまったレミーナ様。


「放課後どこかで話せるといいんですけどね」

「そうですわ! 放課後に2人でお話し致しましょう!」


 結果、昼休みは近くのボッチ学生の目を集めながらもたわいもない会話をして終わった。僕にとっては全然たわいもなくはないんだけどね!


♢♢♢


 夕方近くの放課後、今日は男爵令嬢のニーチェ様が日直当番だったため、アーベルト様から彼女の代わりに日直の仕事をしてから帰るように言い渡された。レミーナ様との待ち合わせに間に合うようにテキパキと仕事をしたが、時間ぎりぎりだ。僕は学院服のまま、待ち合わせの学院近くの公園に向かった。


 公園の噴水近くにはリア充の学院カップルが腕を組んで歩いていたり、ベンチでいちゃいちゃしていたりと、精神的にあまり良くない環境だ。しかしそんなリア充男子がある方向をチラチラと見ている。僕もそちらに視線を向けるとそこには天使様がいた!


 素敵な白いワンピース姿の美少女、白磁のような手足が輝きを放ち、金色の緩いウェーブのかかった長い髪が、夕方特有の淡いオレンジと重なり、神々しく輝いている。


「ルイン様~」


 手を振る天使様。いや、レミーナ様。しかしその美しさに近付いてよいものか悩んでいたら、レミーナ様の方から駆けてきた。


「お、お待たせしてすみません」

「大丈夫ですよ。殿方を待っているのも楽しい時間ですから」


 そう言ってレミーナ様が僕の腕に手を回して組んでくる。はい?


「れ、レミーナ様!?」

「どうかされました?」

「いえ……腕がですね……」

「皆さんこうして歩いてますよ?」


 そりゃあリア充カップルだからでしょ!


「ぼ、僕とは不味いですよ! 誰かに見られたらレミーナ様にもご迷惑がかかります!」

「大丈夫ですよ~。誰も気にしていませんよ」


 いやいや、メッチャ皆さんこちらを見てますよ! ガン見だよ! 殺意まで感じているのは気のせいではなさそうだよ!


「では参りましょう」


♢♢♢


 結局レミーナ様に腕を組まれたまま、街中を歩いた。天使な美少女のレミーナ様が目立つこと目立つこと。そして格式高そうなホテルの前へと到着した。


「ここでしたら2人でゆっくりお話し出来ますね」

「へっ?」


 僕達はホテルの前にいる。ホテルの前にいるんだよ! ホテルだよ! 火照ッちゃうの!?


「さあ、中へ入りましょう」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくださいレミーナ様!」

「如何されました?」

「ここホテルですよ!」

「はいホテルですが何か?」


 ホテルでレミーナ様と2人っきり……。僕は野営会の時のアーベルト様達のアンアンを思い出してしまった。ブンブンと頭を振る。


「お話しでしたらもう少し違うところで……」

「大丈夫ですよ。最上階のレストランには夜景の見える素敵な個室も有りますから」


 最上階…レストラン……そっちか! いやいやビックリしました! 僕とレミーナ様がホテルお泊まりなんて有るはずがないよね!


「そ、そうですね。は、入りましょうか」

「はい」


 豪華なエントランスへと続く階段を登り始めると、後方からレミーナ様を呼ぶ声が聞こえた。2人して振り向くと手を振って走ってくる女の子がいた。


「リビアン?」


 ハアハアと息を切らして走ってきた女の子は、僕の横並び4つめ席に座る女の子だった。思い出した。レミーナ様に泥をかけてしまった時に怒られた女の子だ。


「レミーナ様が1人でお食事に出たと寮の管理人さんに聞いて探していました」

「今日はルイン様と2人でお食事です」

「えっ!? ルイン!」


 リビアンさんが僕の顔を確認した。


「あ~~~! ルインだ!」


 はい。ルインですが何か?


「先日はありがとう! ずっとお礼を言いたかったんだけど、カトレア様の目が怖くてなかなか言えなかったんだよね。本当にあの時はありがとうね!」

「あの時? 泥をかけてしまった時ですか?」

「違うわよ! 忘れちゃったの!?」


 う~ん、全く分からんよ。


「ちょ、ちょっとリビアン! ルイン様が困っているではないですか!」


 僕の腕に絡まっているレミーナ様の腕に力が入る。レミーナ様の柔らかい膨らみがぎゅっと腕に当たりドキドキしてしまうのは仕方ないよね!


「あっ!? す、すみませんレミーナ様」

「すみませんはルイン様にでしょ」

「は、はい。ルインごめんね。でも本当に忘れちゃった? 公園で私の妹を助けてくれた事」


 お~~~! 以前にそんな事があった、あった!


「あ~、あの時の~」

「る、ルイン様はリビアンと何かあったのですか?」

「ちょっと前に公園で池に落ちそうになった女の子を助けた事があったんです」

「ルインは妹の命の恩人なんです! っていうか、ルインは私のこと忘れてたの!?」

「す、すみません。あの時の綺麗なお姉さんがリビアンさんだったんですね。髪型が違うから気が付きませんでした」


 今のリビアンさんは後ろで髪をまとめているが、あの時は髪を結わいてはいなかった。女の子は髪型1つで印象がかなり変わるんだね。


「き、綺麗なお姉さん……。ど、どうしよう……どうしましょうレミーナ様」

「し、知りません!」

「ル、ルインって彼女とかいるの?」


 顔を赤らめたリビアンさんからの唐突な質問。


「ぼ、僕に彼女ですか!? 彼女もなにも友達もいませんよ!」

「な、なら私が最初のとも『ルイン様!』……」


 リビアンさんが何か言う前にレミーナ様が僕の名を呼んだ。


「は、はい?」

「ルイン様と私はお友達ですよね」

「えっ!?」


 このシナリオである『第2王子暴走編』において、セントシエル学院内では学院生平等などを謳ってはいない。貴族は貴族であり、暴力などさえなければ貴族特権は認められている。つまり僕みたいな平民が無闇矢鱈に貴族様に口を利くのも烏滸がましいのである。


「さ、流石にそれは不味いのでは……」

「お友達ですよね!」

「…………」

「ですよね!」

「……はい」


 レミーナ様の迫力に押し切られました……。僕……大丈夫かな?


「と言うわけですリビアン。貴女は2番目のお友達ですね」

「……はい……?」


 リビアンさんもよく分からないって感じで、首を傾げている。


「そ、それで、お二人はこんな所で何をしているのですか?」


 こんな所とは格式高そうなホテルの前でってことだけど……。


「見て分かりませんか?」


 うん。ホテルに入ろうとしているようにしか見えないよね。男女2人で。


「だ、だ、駄目ですよ! ほ、ほ、ホテルなんて……」

「大丈夫ですよリビアンさん。僕達は最上階のレストランに行くだけですから」

「れ、レストラン?」

「はい」


 レストランと聞いてホッと胸をなで下ろすリビアンさん。僕も最初はホテルを見て勘違いしたからね。気持ちは分かりますリビアンさん!


「リビアンさんもご一緒に如何ですか」

「「えっ!?」」


 何故かレミーナ様も驚かれているよ? 普段はお二人で食事を取っている雰囲気があったんだけどな。


「私も同席していいの?」


 レミーナ様はガルルルルって何故かリビアンさんを睨みご立腹だけど、これはリビアンさんにも関係する話しだ。


 彼女を見て何も思い出せなかったけど、名前を聞いて前世の記憶と繋がった。彼女はゲームには出て来ないが、オフィシャル文庫で出版されたオムニバス形式の短編小説に出てきた女の子だ。彼女は奴隷となったレミーナ様を助けるために宮殿に乗り込むが、捕まり拷問のすえ命を落とす悲劇の女の子だ。僕は彼女の未来も救いたいと思う。だから


「行きましょう」


 何故か僕の右腕に腕を絡めてプンプンと怒るレミーナ様と、何故か僕の左手を握り顔を赤らめているリビアンさんと一緒に、エントランスへと続く階段を上がっていった。

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