第8話 クラスの女の子を助けたよ
(女の子視点)
「グオオオオッ!」
私の目の前に巨大な熊が大きな口を開き、私を食べるために近づいてきます。
私の班の人達には先に逃げて貰いました。せめてオークなら皆で闘うことも出来ましたけど、災害クラスB級のデスベアーでは全滅してしまいます。
全員で逃げるにはデスベアーとの距離が近すぎます。誰かが足止めをしないと直ぐに追いつかれてしまうでしょう。だから班の中でもレベルが高い私が足止め役として残りました。
班の人達は私を心配しながらも「助けを呼んで来ます!」と言って他の班の所に向かいました。だから私は少しでも時間を稼がないといけません。
「ライティング!」
暗闇の中に明るい光が現れます。暗闇に慣れていたデスベアーは突然の灯りで目が眩んだ筈です。今のうちに逃げましょう。
「あくぅッ!」
後ろで目が眩み暴れていたデスベアーが、鋭い爪で木々の枝を折り、そのうちの一枝が飛んで、私の足に刺さりました。
「ち、治癒魔法を……」
しかし視界を取り戻したデスベアーが私を睨み雄叫びを上げます。その咆哮には『威嚇』の効果があり、私の体が竦み動かなくなりました。
振り上がる巨木の様な太い腕。手の爪は長く鋭い。私はここで死ぬのですか……。
「あっ……いや……」
だ、誰か……た、助けて……。心の叫びは声にはならず、出るのは涙だけでした。
「次元斬擊!」
えっ!?
空中に突然現れた人。頭には学院服を巻き付けていて顔は分かりません。その人が一撃でデスベアーの首を刈り取りました。災害クラスB級のデスベアーです。騎士でもなければ戦うことも出来ない魔物が、無くなった首の痕から血を吹き流し倒されました。
「………」
呆気に取られていた私にその人が近付いてきました。そして、木の枝が刺さった足の傷に手を翳し魔法を唱えました。
「……∀∧♭∮∋*♭♭∂∇∧」
手も触れていないのに木の枝が抜け、傷口が塞がります。この魔法は……?
「あ、あの……」
私が声を掛けるも、その人は森の中に走り去って行ってしまいました。
あの人が使った魔法はただの治癒魔法ではありません。いえ、治癒魔法でさえ無いのかもしれません。何故ならあの人が使った魔法が光属性魔法では無いからです。
そして、その魔法の呪文を私は何処かで聞いた気がしました。どこで?
「今の魔法は………。あら?」
倒れたデスベアーの脇に小さな白い物が見えます。私は起き上がりその小さな白い物を拾いました。
「これは……」
♢♢♢
野営会は僕達を襲ったデスベアーがまだ森の中を彷徨っているため中止となった。夜の暗い森の中、参加している僕達学院生を全員集め、引率教師達が周囲を警戒して夜を明かした。翌日全員で隣街まで行き馬車で王都へと戻った。
♢♢♢
更に翌日はいつも通りに授業が行われた。僕を置き去りにして逃げた第2王子のアーベルト様もいつも通りで、放課後には「おいザコッ! 俺様の代わりに日直の仕事して帰れよ!」ってこんな感じだ。
日が傾きかけた夕暮れ、僕は1人で日直の仕事として、机を真っ直ぐに並べたり、黒板を綺麗に拭いたりしていた。
「誰か来る?」
パッシブに常時発動している空間把握魔法が、廊下をこちらに向かって歩く人を感じとる。教室の扉が開き、現れたのは第2王女のレミーナ様だ。僕なんかがレミーナ様に声を掛けることなど出来る筈もなく、少し頭をぺこりと下げて日直の仕事を続けた。
「ルイン様」
……?
僕は日直の仕事を続けた。
「ルイン様」
…………?
僕は日直の仕事を続けた。
「ルイン様あ!」
「は、はい!」
聞き間違いではなかったようだ。レミーナ様が僕の名前を呼んでいた。いや、だって、僕は平民だよ? 王女様から名前呼びとか有り得ないでしょ!
ってか、何で僕の名前を知っているの? 同じクラスメイトとはいえ、王女様であるレミーナ様に名前を覚えてもらう謂れなど無いのだよ!
「な、何か御用ですか?」
「昨日は助けて頂きありがとうございました」
昨日? 助けた? あれ? まさか? デスベアーに襲われていたのはレミーナ様だった? マジか!?
「き、昨日とは何のことですか?」
「私をデスベアーから助け、足の傷も治して頂けました」
「……それは僕ではありませんよ」
デスベアーを倒したことを知られるのは不味い。死の運命から逃れた僕は、後は昼行灯的な学院生活を送る予定だ。目立つ事はしたくない。無事に学院を卒業出来れば、田舎町とはいえ、故郷でお役人に成れる薔薇色の人生が待っているのだから。
「なぜ隠されるのですか?」
「隠すも何も僕ではありませんので」
「……そうですか」
「はい!」
少し俯いてがっかりした表情を浮かべるレミーナ様だった。でもこれは仕方ない。
「……ルイン様」
「はい?」
「これ、落としましたよ」
レミーナ様の手には小さな白いカード……。僕の学院証だ。
「あれ? あ、ありがとうございます」
いつ落としたのだろうか?
「ルイン様の学院証を……森の中で拾いましたわ」
満面の笑みで僕を見るレミーナ様。
「……まさか……」
「はい! 倒れたデスベアーの脇に落ちていました!」
やってもうたああああああ!
「ルイン様」
「はい……」
「昨日は助けて頂きありがとうございました」
「……はい。スミマセンでしたあああああ!」
僕は土下座してレミーナ様に誤った。王族に嘘をつくのは立派な不敬罪だ。デスベアーからの死の運命を逃れたが、新たな死の運命が僕を待っていた。運命の因果からは逃れられないという事か!
「赦して下さい! もう嘘はつきません!」
「る、ルイン様……」
「……はい」
「赦すも何もありません。ルイン様は私の命の恩人なのですから」
レミーナ様が土下座している僕の手に、レミーナ様は腰を落とし、レミーナ様の柔らかい手を重ねてくれた。
「レミーナ様ああああああ」
涙目で喜ぶ僕。
「フフ、ルイン様は面白い方ですね」
そう言って僕の手を取り起こしてくれた。
「ルイン様はあんなにもお強いのに、なぜ弱い振りをしているのですか?」
「……強くならないと死んでしまっていたからです……かな?」
「ルイン様が……死ぬ……? 死んでしまうのですか!」
「あ、いえ、もう大丈夫です」
ホッと胸を撫で下ろすレミーナ様。僕のことを心配してくれたようで、何だか嬉しい。
「ルイン様に何かがあったのですね」
「もう終わったことです」
「そうですか、でも良かったです。ルイン様がお元気でいられて」
「ありがとうございます、レミーナ様」
レミーナ様が僕のために微笑んでくれた。……こんなにも美しく、優しいレミーナ様が第2王子のアーベルト様の奴隷になる未来がある……。そんなこと赦せないよね! 僕が未来を変えられた。ならばレミーナ様の未来だって変えられる筈だ。
「どうされました……?」
「えっ?」
「何か怖いお顔をされていらっしゃいます」
「あっ、違うんです! あは、アハハ」
「あの…ルイン様…、ルイン様の魔法についてお伺いしても宜しいですか?」
「……僕はレミーナ様に嘘を付かないと誓いました。だから魔法のことを話すことも致します。ですが、約束をして頂けませんか? 暫くの間で構いません。僕の魔法のことは誰にも話さないと」
僕は真剣な目でレミーナ様を見つめ、レミーナ様の回答を待った。
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