第7話 運命の日

 次の日からクラスで王女様以外の視線を感じる様になった。僕の机の横並びで4つ目の机の女の子だ。気になるのでそちらを見ると、視線があった瞬間に女の子はプイと横を向いてしまう。


 誰子ちゃんだっけ? ボッチな僕は碌にクラスの人の名前も知らない。前世の記憶でゲーム主要人物の名前を知っているぐらいだ。


 そしてまた視線を感じたので横を向くと、隣の席の侯爵令嬢のカトレア様と目が合ってしまった。


 キッと僕を睨むカトレア様。その目には「何見てんだゴラア!」的なメッセージがあった。


 …………。


 しかし、何故にカトレア様は僕をそんなに毛嫌いしているのだろうか?


 カトレア様はダークブラウンの長い髪をポニーテールにしてキリッとした顔立ちの美人系女子だ。性格は清廉潔白で超真面目な勉強系女子。ゲーム内で彼女を攻略するのには図書館に通い詰める必要がある。まあ僕がカトレア様と云々かんぬんは無いのでこの情報は不要だけどね。


♢♢♢


 ついに運命の日がきた。


 シナリオ通りに僕は第2王子のアーベルト様と同じ班での野営会となった。


 班は4人組で分けられた。アーベルト様、アーベルト様にべったりな伯爵令嬢メリッサ様と男爵令嬢ニーチェ様の3人が組んだ。残りの枠にアーベルト様の取り巻き男子達が二の足を踏む。この3人と組んだら荷物持ち&パシり確定だからね。そんなこんなで余り物の僕がその枠に入ったのは当然の結果である。


 野営会は王都の東にある森の中を歩き抜けて隣街まで行く工程だ。この工程には2泊3日を要する。そして僕が死ぬのは2泊目の夜だ。


 森の中には魔物が棲んでいるが、先行して学院が国に依頼して災害クラスC級以上の魔物を駆除してもらっている。つまり出て来る魔物は強くても災害クラスD級のオーク程度って事になっていた。


 僕は案の定3人の荷物と自分の荷物を背中に背負って森の中で先を歩くアーベルト様達の後をついて歩いていた。


 ここ最近の荒くれメタルナイトスライム無双やトロル&オーガ無双でレベルアップしていたため重い荷物も苦にならない。マジックバックを使えばもっと楽なんだけど、流石にバレたら面倒なので今回はお蔵入りしている。


「アイツ、意外に体力有るわね」

「フン! つってもザコだ! 魔物は全部、俺様が退治してんだからな!」

「流石はアーベルト様ですワ!」

「私を守って下さいねアーベルト様あ」


 前方ではイチャイチャしながらもゴブリン無双をしているアーベルト様がズンズンと森を進んでいる。


 アーベルト様のレベルは18だから討伐レベル10のオークが出てきても大丈夫なレベルだ。この工程であればアーベルト様だけで事足りる……明日の夜を除けばだけど。


 また、他の班も20M開けて横並びにスタートしているので、対処しきれない魔物が出た時は応援を呼ぶ事が出来る。……明日の夜を除けばだけどね。


 そして今日は苦も無く終わり(正確には女子2人が疲れた~、歩けない~的な感じで休憩してはイチャイチャする場面が多々合ったけど)、僕は野営のためテントを張ったり食事を作ったりとバタバタしている。


 テントは2張り有り男女分かれて使う事を先生からは言われていたが、1つはアーベルト様と女子2人、もう1つは僕と荷物って事になった。結果オーライでアーベルト様と2人でテントはキツイよね。精神的に。


 なんて思っていたけど、夜の番は僕1人でやる事になり、アーベルト様達はテントの中で僕がいるのもお構いなしに3人でアンアンしていたりする。


 いたいけな男子学生には刺激が強すぎて、僕の下半身が3つ目のテントを作ったのは仕方ない事だよね!


 夜の番自体は空間把握魔法で周囲を警戒しているのでめちゃめちゃ楽だ。空間把握魔法を何とかパッシブで使えるようになったため、うとうとと焚き火を見ながら寝てしまってもアラートしてくれる。


 寝たり起きたりを繰り返して朝になったけど、特に問題は何も起きなかった。因みにアーベルト様達は朝になっても起きなかった。夜の疲れが出たようだね。


 出発は遅れたが(何故か僕が怒られたが)、アーベルト様無双でバンバン進むので問題はなさそうだ。


 2日目となると森の奥だけあってオークの出現率が上がってきている。4匹のオークが出た時はメリッサ様とニーチェ様も魔法でアーベルト様をサポートしている。僕は荷物が沢山あるので見ているだけだ。


 そして運命の夜がきた。今夜、僕はここで死ぬ。


「大丈夫……、僕は生きる……」


 昨夜と同じく僕が1人で夜の番をして、アーベルト様達はテントの中でアンアンしている。


「来た!」


 空間把握魔法をパッシブで使う場合、半径50Mが警戒範囲になる。


「えっ!?」


 こちらに近づく魔物、つまりデスベアーは1匹だが、僕の警戒範囲にいる他の班にも1匹のデスベアーが向かっていた。


「隣の班って誰がいるんだ?」


 デスベアーの災害クラスはB級。レベル30の騎士が単独では勝てない相手だ。僕のクラスの平均レベルは8。そしてレベル8が4人いてもデスベアーには勝てない。


「おっと、他人の心配より自分の心配だよね」


 今なら僕1人で逃げる事は出来るが、王子や貴族のご令嬢を置いて逃げたら、確実に罰せられる。


「アーベルト様! 敵です!」


 僕は大きな声でアーベルト様を呼ぶ。


「っせえぞザコッ!」


 パンツも履かずにテントから出てくるアーベルト様。


「敵は何所だァ!」

「あちらの茂みです」

「あ~~~~ン? いねえぞ?」

「いえ! 来ます!」


 木々の間から大きな巨体のデスベアーが姿を現す。死を告げる熊の名の通り、通常の熊の3倍はある黒い巨体に、長く鋭い鉤爪、異様に伸びた犬歯に噛まれたら一発で死ねそうだ。


「で、デスベアー……だと……」


 流石のアーベルト様でもデスベアーを見て萎縮している。そりゃそうだ。レベル18のアーベルト様では逆立ちしても勝てない。女子二人が加勢しても無理だろう。


「お前らあ! 逃げるぞ!」


 叫ぶアーベルト様。多分お前らの中には僕は入っていない。


「えっ、ふ、服……」

「アワワ、アワワ……」


 テントの中の女子2人が慌てて服を着ている。命がかかる場面でも服を着るって……。いや、女の子だから仕方ないか。


「何ちんたらしてる! 置いてくぞ!」


 叫ぶアーベルト様だが、彼も慌ててズボンを履いている……。生き残るつもりはあるのだろうか?


 そしてデスベアーは待ってはくれない。時空魔法を使えばデスベアーでも倒せるけど、今は使い時じゃない。


「ウオオオオオッ!」


 僕は剣を持ってデスベアーに斬り掛かる。巨体のデスベアーだ。ヘタクソな僕の剣でも当てられる。デスベアーのベアークローが振り下ろされるが、僕はそれを避けて大木の様な足に剣を打ち込む。


「あっ」


 ヘタクソ極まれり。学院の授業でしか使った事のない剣だ。僕の剣は刃ではなく腹でデスベアーの足に当てていた。


「グワッ」


 思いっ切り手が痺れる。そしてベアークローの裏拳が飛んできて僕は吹っ飛ばされた。間一髪で裏拳との間に亜空間シールドを小さいながらも展開出来たのは僥倖だ。それでも全てを防げた訳ではなく、僕は暗い森の茂みの中に吹き飛ばされた。


「アぐっ! 痛ッ!」


 背中に木の枝などがバキバキ当たる。


「あ、亜空間シールド!」


 背中側に青白い亜空間シールドを展開し、木の枝などの激突を避ける。木や草は魂有るものに含まれないため、亜空間へと取り込まれていく。僕が飛ばされた後は森のトンネルのようにぽっかりと穴があいたようになっていた。


「あ、あれ?止まらない!?」


 亜空間シールドによって背中への衝撃は無くなったが抵抗も無くなった。氷の上を滑っているかの如く、僕は吹き飛ばされ続けている。


「ヤバっ!」


 手を伸ばし木の枝を掴む。後方への力が有るため掴んだ手が離されそうになる。


「か、肩が……」


 肩関節が悲鳴を上げる。


「く、空間圧縮……」


 背後に空間圧縮魔法で空気のマットレスを作り、僕は木の枝から手を離した。そしてまた後方へと飛ばされたるが、空間圧縮のマットレスで力が殺され、何とか難を逃れた。


「い、今ので死亡フラグ回避だよね」


 ゲームのシナリオ通りなら今の一撃で僕は死んでいた筈だ。それを生き残ることが出来た。パッシブな空間把握魔法で近くに脅威となるものがいない事が分かる。


「や、やった! やったぞ! 僕は生き残った! 生き残ったぞおおおお!」


 運命を変えられた。僕は暗い森の中で雄叫びを上げた。


「っと、アーベルト様達は逃げられたかな?」


 僕が生き残った事により未来が変わる。ここでアーベルト様達が死んでしまうと僕の明日が危ない。


「索敵!」


 空間把握の上位魔法である索敵を使ってデスベアーの状況を見る。どうやら僕達の荷物を漁って食料を食べているようだ。


 僕はホッと胸を撫で下ろすが、隣の班もデスベアーに襲われていた事を思い出し、そちら側も索敵をした。


「逃げ遅れた人がいるのか? ヤバいぞ!」


 隣の班の3人は逃げて、最後の1人は足でも悪いのか逃げる気配がない。


 索敵魔法は空間把握魔法の上位魔法だ。より多くの情報を知ることが出来る。だからテレポートの座標指定もピンポイントに行える。


「テレポート!」


 僕は逃げ遅れたクラスメイトを助けるためテレポートした。


♢♢♢


「ドンピシャ!」


 転位した場所は巨体のデスベアーの頭脇。


「次元斬撃!」


 右手の手刀、その先1Mに不可視の刃が現れる。防御力無視の空間を斬り裂く一撃でデスベアーの頭が飛ぶ。


 着地した僕は暗闇に倒れているクラスメイトに近付いた。暗くて誰だかは分からなかったけど、女の子であることがスカート姿で直ぐに分かる。そして足には木の枝が刺さり、痛々しく血が流れていた。その傷に手を翳して魔法を唱える。


「……∀∧♭∮∋*♭♭∂∇∧」


木の枝は足から抜け、傷が塞がるのを確認して、僕は暗い森の中に走り去った。

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