第33話 カッコいい?

 空間転移で跳んできたのは、王都にある僕の下宿部屋。矢鱈なところに跳び出る訳にはいかないからね。


「ふむ?どこの物置じゃ?」

「……僕の部屋なんですけど」

「ふむ、ここが部屋とは興味深い」


 アビスメティス様の部屋からみたら、僕の部屋は物置にしか見えない狭い部屋なんだろう。レミーナ様やエレナ様もそうなのかな?うん!絶対部屋には呼ばないようにしよう!


「それよりもクッキーを買いに行きますよ!」

「おお、そうじゃ!クッキーを買いに参るぞ!」


 まだ朝が早いのでお菓子屋さんは開店していないけど、パン屋さんなら朝の通勤者、通学者のために朝から開店している。僕が毎日通うパン屋さんにもクッキーは並んでいた。買ったことは無いけどね。


♢♢♢


大通りには仕事に向かう人達が西へ東へ、南へ北へ、と歩いている。僕が使っているパン屋さんは下宿と学院の中間ぐらいに位置していた。


ここのパン屋さんは安くて旨い。僕は毎日一番安いコッペパンだけど、通りから見えるショーウィンドウからはサンドイッチや菓子パンなど、絶対に美味しいよってめっちゃアピールされている。


「あっ!カッコいいお兄ちゃんだあ!」


お店に入ると小さな女の子が僕を見て、カッコいいと言ってくれたよ?


「お兄ちゃん、あの時はありがとう御座いました」


あの時?

…………!


おお!この子は、公園で助けた結婚したい幼女ナンバーワン……じゃなくて、つ、つまりアレだあ!


「何でお兄ちゃんがここにいるの?お姉ちゃんと遠くにお出かけしてないの?」


そう!それよ、それ!リビアンさんの妹さんだ!


「僕だけ先に帰って来たんだよ」


 嘘はついていないよね!


「そうなんだあ。その子はお兄ちゃんの妹?」


 妹さんが言うその子とは、アビスメティス様のことだよね?僕の妹とは大いなる勘違いなんだけど……。


 はて?


 僕とアビスメティス様の関係ってなんだろう?アビスメティス様は魔族の神様だから敵?でもそんな感じは全く感じない。もちろん友達ではないよね?


「妾はルインの妹じゃ」

「はい?」

「早くクッキーを買うのじゃ、お・兄・い・ちゃん♡」


 何ですか、その設定は?


「あたしはマヤだよ。お名前は?」

「妾か?妾はアビスメティスじゃ」

「あびめすちゅめてせす?」

「アビスメティスじゃ」

「あぴめすちぇえいす?」

「…………メティスでよい」

「うん!メティスちゃんだね!」

「それよりルインよ、早うクッキーを買うてくるのじゃ」


 2人の美幼女を優しく見守っていた僕は現実に戻された。クッキーって高いんだよね。貧乏学生の僕は、イチゴジャムサンドのクッキーを仕方なく3枚ほど購入してお店を出た。


♢♢♢


「これだけか?3枚しか入っておらんぞ?お主は世界を破滅に導きたいのかえ?」


 近くの公園のベンチに座る僕とアビスメティス様とマヤちゃん。ルンルンと紙袋を開けたアビスメティス様のそれが第一声だった。クッキー3枚で世界を破滅させないで下さい。


「僕の3日分の昼食代なんですけど」

「あれ程の力を持っていながら、金は持っておらんと?」

「力とお金は関係ないと思いますけど?」

「………欲の無い奴じゃな」


 そう言ってアビスメティス様は紙袋からクッキーを1枚取り出して、パクッと食べた。


 じ~~~~っとそれを見ているマヤちゃん。


「マヤも食べたいか?」

「……う……うん」

「ほれ」

「ありがとうメティスちゃん!」


 魔族の神様は意外にも優しかった。


「なに、無くなればルインがまた買うてくるだけじゃ」


 魔族の神様は僕にはとても手厳しかった。


いやいや、僕のお財布に限界突破などというチートスキルを持っていない。神様、僕のお財布に無限金貨のチートスキルを下さい!


 そして、クッキーをあと数枚も買ってしまったら、僕は当分の間、昼飯抜きになってしまう!


「ねえ、カッコいいお兄ちゃん?お兄ちゃんはこのあと何処かに行くの?」

「マヤちゃん、僕のことはルインでいいよ。それにカッコいい訳じゃないし」


「え~~~~っ!お兄ちゃんはカッコいいよ。ねっ、メティスちゃん」

「そうじゃな。人族としては悪くないと思うのお」

「アビスメティス様まで……」


 まさか魔神にして熾天使であるアビスメティス様にカッコいい認定を受けるとは!


「ルインよ、お主は少し卑屈であるぞ。マヤがカッコいいと言っているのだ。信じてやらないではマヤが可哀想じゃ」


 確かにマヤちゃんがお世辞や嘘をつく筈はない。まして熾天使であるアビスメティス様は絶対に嘘はつかない。


「だからカッコいいお兄ちゃんはじゃな、妾達に腹一杯になるまでクッキーを買うてくるのじゃあ」

「ルインお兄ちゃん!あたしもクッキーもっと食べた~い」


 ってクッキーの話ですか!


♢♢♢


 お財布を限界突破する訳にはいかない僕は、タダでクッキーが食べれる場所に来た。予定よりも早い時間だけど、世界の破滅の危機だから仕方ない。


「おはようございます、フォンチェスター先生」

「おう、ルイン。早かったな」


 やって来たのはフォンチェスター公爵家。ここならきっとクッキーが沢山有るはずだ。


 門番さんに案内されて、立派な玄関の扉を開ければ、朝から白衣姿にボサボサの金髪に、更に寝癖プラスアルファのフォンチェスター先生が迎えてくれた。


「公爵夫人様、ご無沙汰しております。クロフォード家のマヤに御座います」


 パン屋さんで買ったパンが入った紙袋を持ちながらも、姿勢正しく挨拶をするマヤちゃん。流石は騎士家のご令嬢だ。


「早うクッキーを食わせい」


 魔神の威厳も熾天使の威光も、全く感じさせないアビスメティス様は有る意味で凄い。


「久しぶりだなマヤ。それで、そっちの小っこいのは?」

「妾か?妾はルインの妹じゃ。妾達にクッキーを早う食わせねば、魔の国の深淵より来たる厄災いが降り注ぐことになるじゃろう」

「魔の国の深淵!?」


 先生!それ、多分本当の話ですよ!


「人族など、その深淵の縁に立つだけで、魂さえも冥府魔道へと落ちて行くのじゃ。そう成りたくなくば、早く妾達にクッキーを馳走するがよい」


「…………いい」


 はい?


「いいぞ!とてもいいぞ!流石はルインの妹だ!兄はBL!妹は厨二!腐食兄妹ここに有りだな!アハハハハハ!」


 誰がBLですか!腐っているのは先生の頭です!!!


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