第40話 レミーナ様のお願い

「此処はいつ来ても素敵な別荘ですね」


 レミーナ様は別荘のウッドデッキから湖を見ていた。


 透き通る水が湖畔に波打ち、夏を迎えた風は少し熱を帯びているものの、湖から吹き上がる風は清々しく気持ちいい。


 レミーナ様の輝く金の髪も、風と遊ぶかの様にふわりと広がり、その姿は風の天使エアフェイルの絵画の様に美しかった。


「如何しましたか、ルイン様?」

「えっと…レミーナ様がその、美しくて…見とれていました」

「ふむ、お主の1番好いとる女子おなごは、やはりそこな王女か?」

「「えっ!?」」

「違うのかえ?ならばエレナかえ?」

「違いますよねルイン様!」

「は、はい。み、皆さん素敵な方ですし」

「はい?」

「なるほどな。ルインは強欲という訳じゃな」

「「強欲!?」」

「魔王も強欲じゃった。毎晩女子おなごを取っかえ引っかえておったわ」

「ル、ルイン様が!?」


 レミーナ様?それは魔王のお話ですよ?


「ち、違います!ぼ、僕は……」


「皆様方、お茶の準備が整いました。特製のクッキーも焼き上がっております」


 ウッドデッキに来たフレアさん。ナイスタイミングだ!


「特製クッキーじゃと!早う参るぞ!」

「さ、さあ行きましょう、レミーナ様」

「そうじゃぞレミーナ!」

「も、もう!」


 アビスメティス様が僕とレミーナ様の手を取って、部屋の中へ引っ張り入れる。


 フレアさん感謝です。僕がフレアさんの方を見て、ペコリと頭を下げた。


「ルイン様、貸しいちですね(キラーン)」


 あれ?また寒気が?き、気のせいだよね?


♢♢♢


「ルイン様、お願いがあるのですが」

「何でしょうか?」


 僕は、口に含もうとしたフレアさんが入れてくれた紅茶の入ったカップをテーブルに置いた。


 温泉上がりで、花の香りの石鹸の香りを漂わせるリビアンさんも、テーブルにカップを置いてレミーナ様を見る。


 アビスメティス様だけが手を止めることなく、テーブルの上のクッキーをパクパクと食べ続けていた。


「私をお父様に合わせて頂くことは出来ないでしょうか」


 お父様、つまり国王様だ。国王様の容態はかなり悪化している筈だ。意識が有るのかも分からない。


 そしてレミーナ様は本来ならば王都にはいない。遠征の帰路に有るはずの身だ。


 それでも、今際の時を控えた父親に会いたいと思うのは、至極当然なことだ。だから、


「はい。勿論オッケーです。ただ人目に付かぬようにしないといけませんが」

「はい!よろしくお願いいたします!」


 僕は飲みかけていたカップを取り、紅茶を口に含んだ。


「もう少しで日が沈みます。夜になったら行動しましょう」

「ではご夕食は早めにご用意致します」


 後ろに控え、僕たちの会話に加わることなく、物静かにしていたフレアさんが、僕たちの行動を汲んでくれた。


 フレアさん始め、他のメイドさん達には、詳しい事情は話していない。それでも僕たちは彼女達がいる場所で、隠し事無く話し合いをする。


 僕たちはフォンチェスター先生を信じている。だから先生が手配してくれた人達を僕たちは信じていた。


 僕がレミーナ様とリビアンさんをテレポートでこの別荘に連れてきているのも全員が見ているが、僕に何かを聞いてくる事もなかった。


 彼女達全員の目がキラーンと光ったのは、眩しい夏の日差しのせいに違いない。


♢♢♢


 夜の王都は昼の賑わいとは違い、ちょっと大人な世界だ。同じ花屋さんでも、夜に見るとお洒落に見える。


 僕とレミーナ様、何故か付いてきたアビスメティス様の3人は、賑やかな夜の繁華街を抜けて、宮殿を囲む、高い塀の近くの路地に身を隠していた。


 宮殿の塀の彼方此方あちらこちらに警備のための篝火が灯されている。以前にレミーナ様とお食事をしたホテルの夜景で見えた篝火だ。


「城内で人目の付かない場所に行きたいですね」

「それでしたら私の部屋に行きましょう!この時間であれば誰も入ってきたりはしません」

「でも僕が場所を知りませんよ?場所が分からないと跳べないんですが」


 それならばと、レミーナ様は僕の空間把握魔法や索敵魔法で分かりそうな場所を幾つか教えてくれて、都度5回のショートジャンプでレミーナ様の私室へと辿り着いた。


 室内は窓から差し込む篝火の明かりぐらいで薄暗い。


 ………………いい匂いがする。


 初めて入った女の子の部屋。しかも王女様の部屋だよ!感動だ!


「ルイン様が初めてですよ。お、男の子を部屋に入れたのは……」

「えっ、あっ、はい」


 鼻の穴を開けて感動していた僕のミスだ。気が付けば扉の向こうに人の気配があった。


 ガチャ


 扉が開く。僕からレミーナ様、アビスメティス様は少し離れてしまったため、テレポートで跳んで逃げることが出来ない!


「空間遮断!アンド、ミラー!」


 僕とレミーナ様、アビスメティス様を囲む様に空間遮断の障壁を作り、間髪を入れず空間鏡面の魔法を障壁にかける。


 薄暗い部屋なら誤魔化せるかもしれないし、空間遮断の障壁はかなり頑丈だから、いきなり攻撃を受けても大丈夫。


「あら?物音がしたようでしたが?」


 部屋に入ってきたのは女性のようだ。


「お母様!?」


「あら?レミーナの声?レミーナがいるのですか?」


 声を立ててしまったレミーナ様の顔を覗うと、レミーナ様は『大丈夫です』的な頷きをしたので、僕もこくりと相槌をうった。


「はい、お母様。レミーナです」


 その声を合図に僕は空間遮断の魔法を解いた。


「レミーナ!?」


 お母様から見たら、突然部屋の真ん中にレミーナ様と怪しい男に幼女が現れたように見えるだろう。


「はい、お母様。訳合って戻ってきました。大きな声などは上げぬようお願いします」

「分かりました。そちらの方は?」

「私の思い人のルイン様です」


 えっ!?いや、あの、うん。この間のアレはそういうことだもんね。


「……そ、そう。それは良かったわ。ルイン様、レミーナをよろしくお願いします」


 はへ?


 このお方は王妃様だよね?正確には第2王妃様だ。その王妃様が何処の馬の骨とも知れない男を認めてしまうのですか?


「それでレミーナは、こんなに早くどの様に戻ってきたのですか?私はもう間に合わないとばかり思っていました」


 間に合わないと言うのは、つまりは国王様とのお別れだろう。


「ルイン様のお力添えを貰いました。私のルイン様は凄いお方なんです!」


 王妃様が僕を見て、頭を下げた!?えっ、いや、僕は平民で……。


「胸を張るのじゃ、ルイン」


 アビスメティス様が僕を諭してくれる。礼をしてくれる方に、僕が礼をかくのは失礼だ。


「僕はレミーナ様のお願いを叶えたかったのです。国王陛下にレミーナ様を合わせてあげたくて」

「……貴方は陛下のご容態のことをご存じなのですか?」


 僕はこくりと頷いた。


「お母様!お母様もRED同盟に入って下さい!」


 な、何を言っちゃってるんですかレミーナ様!!?

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