第59話 帝国のおっさん

ワード解説『ラウラ』=ラウレンティアの愛称


□□□


(帝国のおっさん)

 夏の暑い日差しを放っていた太陽が、西国の向こうに落ちて間もなくの事だった。酷い異臭が気になり、執務室の窓から俺の街を見てみれば、沈んだ太陽に代わり、帝都上空にヘドロ色の巨大な塊が浮かんでいた。


「なんだぁ、あれは?」


 黒と緑の斑模様の巨大な塊が、僅かに歪んだ。


「なっ!!!」


 それは上空から、この世のモノとも思えない悪臭と共に、落下してきやがった。


 凄まじい地響きと轟音が帝都を襲う。建国300年以来、敵の襲撃を受けたことのない武帝城、その東方の城壁とその周囲の街並みは一瞬で瓦解した。


「なんだってんだよ!」


 城の窓ガラスは、爆風で全て割れ、最悪の臭気が城内を埋め尽くした。


 俺は皇帝のプライドと気合いとガッツで、なんとか踏ん張った。流石は俺だ。


 と思ったのもつかの間の事。みるみるうちに人の形になるヘドロの塊。それは立ち上がり、城の尖塔をも越える巨人となった。小便を少しチビらせたのは内緒だ!


いでえええぇぇぇぇぇ」


 怒号を放つ腐爛の巨人。どうやら何かを食べたくて落ちてきたみたいだ。さっさと、それを食って帰ってくれ。


「ラウラぁぁぁ、いでえええぇぇぇぇぇ」


 はぁ!?ラウラって、俺の可愛い娘のラウラちゃんか!何を言っていやがるんだ、あの腐爛巨人は!しかしお生憎様でしたぁ!ラウラちゃんは帝都には居っませ~ん!


「ラウラぁぁぁぁぁ、喰いでえぇぇの」


 巨大な腐爛巨人が、ヘドロをドロドロと滴り落としながら、城に近づいてきやがる。何故ラウラを狙う?………あの声は?


「あのクソデブか!?」


◇◇◇


 ある日、元老院のクソ爺いどもが俺の前に1人の女を連れてきた。たいして美人の女じゃない。しかし爺いどもは神の卵を宿した娘だとかで、無理やりやらされた。


 爺いどもは、それが終われば女を連れてさっさと帰っていった。そして女は男子を産んだ。


 俺の種子たねごなど両手両足の指を足しても足りないぐらいに、いくらでもいる。その女が産んだ子供もその中の1人と思っていたが、元老院のクソ爺いどもは第3皇子として公の子としてしまった。


 そのガキに会ったのは後にも先にも、ラウラが10歳の誕生パーティーの日だけだった。そのガキは多分14、5歳になっていた筈だ。爺いどもに甘やかされて育ったせいか、丸々と太ってやがった。


 そしてラウラを見る目が、許せない程に厭らしい目付きだった。俺が一刀両断で切り捨てようとして、周囲によって止められてしまった。しかし、マジあの時に切り捨てておかなかった事が、マジ悔やまれる事となった。


◇◇◇


 クソデブことゲオルクが、どこぞの貴族の令嬢と結婚したのは、それから3年後だった。そして3ヶ月後に嫁が死んだらしい。次に再婚した嫁もすぐに亡くし、3度目の嫁が死んだ時に、事件が発覚した。


 ゲオルクの館で働いていたメイドが、ほうほうの体で逃げ出し、以前に働いていた貴族の家に保護された。そしてメイドの証言でゲオルクの残虐で猟奇的な性癖が明るみとなった。


 妻となった女性や館で働くメイドなどが、ゲオルクによって、生きたまま手や足に齧り付かれ、全身の皮を剥がされ、目玉をえぐられ、贓物を引きずり出され、それらを喰らいつくされていたとの事だ。この事件は国を越えて近隣諸国にも知れ渡ることとなる。


 俺は勅命で、騎士団にゲオルクの身柄を取り押さえさせた。即刻、死刑を言い渡したが、ここで元老院のクソ爺いどもに手を回され、幽閉などという、ぬるい結果となってしまった。


◇◇◇


 それから暫くがたち、元老院のクソ爺いどもが、幽閉中のゲオルクに新しい嫁を宛がった。こともあろうに、セントレア王国の第1王女だ。聞けばセントレアの第1王子が元老院に名を売るために、実の姉を売るっちゅう、ふざけた話だった。


 婚姻後半年で第1王女もゲオルクに喰われた。元老院が何と言おうと、俺は皇帝の名のもと処刑を言い渡した。しかし、処刑の日を待たずして、ゲオルクは牢屋の中で、惨殺された。その死体は、今までにヤツが行ったゲスな行為の全てが再現されていた。犯人はセントレアの忠義の間者か、他にも怨みを持つ者は数えきれず、犯人を探すのは労力の無駄だ。


 これでゲオルクに纏わる全てが終わったと思いきや、このゲス豚野郎は亡魂の巨人となって帰って来やがった!


 しかも俺の可愛いラウラちゃんを食べたいなどぬかしやがル!!!帝国の威信にかけて、絶対ぜってえぶっちぼこぼこにぶっ殺す!!!


◇◇◇


 なんて息巻いていたころもありました。


 城から脱出した俺は皇帝直属の精鋭部隊に、腐爛巨人の討伐命令を出したのだが、


「皇帝陛下!我が騎士団の槍では、あのドロドロの体に傷一つ付けられません!」

「陛下!我ら王宮魔法師団の戦術魔法が、全てドロドロの体に吸収されてしまいます!」

「聖教魔法の鎮魂魔術が全く効きません!」


 と、帝国の精鋭部隊をもってしても腐爛巨人には一太刀も浴びせる事が出来ていないのが現状だ。


「避難の状況はどうなっている」

「帝都民100万人の避難には、まだ少し時間がかかります」

「急がせろ!魔術師団長、避難完了しだい、戦略魔法のドラグインフェルノであいつを焼き払え!」

「へ、陛下!それでは帝都が!」

「仕方ねえだろ!今は俺の仕掛けたおとりで、足止めが出来ているが、動き出したらそれこそ帝都は壊滅だ!同じ壊滅なら、アイツにも、帝都にも、この俺が引導を渡す!いいからぶっ放せッ!」


「あの怪物をどのような方法で、足止めをしているのですか?」

「あの尖塔に、俺様秘蔵の未洗濯下着をばら蒔いてある。あの変態巨人はその餌に夢中ってわけだ!」

「未洗濯下着とは誰のですか?」

「誰のって、そりゃあラウラちゃんのだよ!」

「わたくしの?」

「そう、わたくしのだ!

 

 ………?


 ………わたくし?」


「わたくしの下着ですか!!!」

「ラ、ラウラちゃん!?」

「帝国は右も左も、変態しかいないようですね」

「……右は巨人で、……左はパパ?」

「YES・マイ・ダディー!!!」


 変態巨人をぶっちぼこぼこにする前に、俺様がぶっちぼこぼこにされましたとさ。


 

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