第58話 堕ちた魂
突然現れたのは言わずもがなの
「君がボクのところにエルラン王の魂を送っていれば、こんな事には成らなかったんだからね!さあ、エルラン王の魂を渡して貰うよ!」
「い、いや、あれは無理だ。ある人が持っていて、オレの手元には無いんだよ」
「何を言っているんだい!魂の回収が君たち
「だからソレが無理だっつてんの!」
「はぁ~。天下の
「ほう、妾から奪うとな?」
部屋の温度が極寒の大地かのように急激に下がった気がした。
事情を知らない帝国皇女のラウレンティア様は、可愛いらしい美幼少3人のやり取りに、青ざめた顔で指の一本も動かすことが出来ないぐらいに固まっていた。
「………あ、あれ?ん?」
目をごしごしと腕で擦り、目をパチパチと瞬きするファシミナ様。
「………アビスメティス様?」
「そのようじゃな。はよ妾をブッチぼこぼこのケチョンケチョンのキタンキタンにしてたもれ。無論、妾も小指の一つぐらいは動かさせて貰うがの。はよ来るがよい」
「無理無理無理無理無理ぃぃぃぃぃッ!」
「妾なら構わね。暇潰しの一つぐらいにはなろう」
「き、聞いてないよ、リフィテル!」
「だから、無理だっつったろ」
「さて、どうするのじゃ、ファシミナ。さあ、さあ、さあぁぁぁ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃッ!!!
すびばせんでしたぁぁぁぁぁ!!!」
ファシミナ様が涙と鼻水を流しながら、土下座してアビスメティス様にお詫びをしていた。
◇◇◇
「うん。事情は分かったから、エルラン王の魂は諦めるよ」
何故か僕がファシミナ様にエルラン王の魂を返せない経緯を説明した。そしてあっさりと諦めてくれた。
「それでファシミナ、腐れ魂はどうなったんだ?」
「うん…、不味いことに、あの腐れ魂が人界に堕ちゃったんだよね」
「「「堕ちた!?」」」
「あれは、俗世によっぽど未練があったんだろうね。天使を食べて逃げるなんて普通じゃないよ。あの腐れ魂は、無限地獄にでも一度叩き込まないと、使い物にならないよ」
「それで何処に堕ちたんですか!?」
天使をも喰らう化け物になった帝国第3皇子。そんな化け物はかなりヤバイ!
「たしかぁ、グラン・オウジュって街だったかな?」
「「「グラン・オウジュ!!!」」」
グラン・オウジュは帝国の帝都だ。100万人が住む大陸でも屈指の大都市である。そんな大都市に討伐レベル90の天使さえも悪食する化け物が現れたら、都市は壊滅しかねない。
「大丈夫だよ。いま僕のところの
それを聞いて僕たちは、ホッと胸を撫で下ろした。しかし、ラウレンティア様ただ一人が、
さて、ラウレンティア様にはどう説明したらいいものか。
「ファシミナよ。カナンテラスの教えを忘れたのかえ?人界のことは、人界の者たちに与えられた試練じゃ。天界の者が手を出してよいのかえ?」
「………し、しかしアビスメティス様!これは天界の失敗ですよ!?」
「それも運命じゃな。そして巡り合わせというものもあっての」
「……巡り合わせですか?」
「そうじゃ。ここにはルインがおる。この程度の戯れ言であれば、ルイン1人で大丈夫じゃな」
はて?
アビスメティス様は何を仰られているのですかな?討伐レベル90の天使を食べちゃった化け物だよ?
無理でしょッ!!!!!
「君がルインくん?なんかモブキャラにしか見えないんだけどな」
はい!モブです!だから無理です!
「そうは言っても、オレはクソ兄貴に負けているからな」
「えっ!?そうなの?っていうか、兄貴って何?」
「ルインはオレの兄貴で、アビスメティス様はオレのお姉様だ!」
「いいなあ!ボクもルインくんをお兄さんって呼べば、アビスメティス様はお姉さんってことだね!」
「ふむ。仕方ないのお」
安ッ!お兄さん認定、お姉さん認定安すぎない!?
「じゃあ、腐れ魂はお兄さんに任せるね!それじゃあ跳ぶよ!」
「今から!」
「「「えっ!?」」」
「ま、待つのじゃファシミナ!まだ菓子が…」
「跳んでけええええええ!」
「妾の菓子がぁぁぁぁぁぁ!」
◇◇◇
夜の帝都に空間転移で僕たちは強制的にやってきた。
「この愚か者がぁ!」
「痛ッ!」
アビスメティス様がファシミナ様の頭をポコポコと殴っている。
「妾の菓子がまだ届いておらんうちに、なんて事をしてくれたのじゃ!」
僕たちの危険よりもお菓子の方が重要なんですね……。
「凄い臭いですね」
品行方正なカトレア様が鼻をつまむ姿は何故か新鮮だ。
帝都は腐った肉や魚のような、酷い臭気に満ちていた。鼻をつまんでいてもかなりきつい。
ファシミナ様の空間転移で着地した場所は、馬車が並んで4台は走れそうな大通りだが、人っ子一人もいない。夜とはいえ夏の夜8時。日は沈んでいても空はまだ薄ら明るい。普段であれば、まだまだ賑やかな時間だ。
「ルイン!あれ!」
リビアンさんが指差した方向には、ここから見ても分かる巨大な巨人が、お城の尖塔を叩き折ろうとしていた。
「あれが第3皇子!?」
「もはや人ではないな!」
僕とノーラさんは、あれを人認定から除外した。丸く、ずんぐりとした頭に体、皮膚は腐っていて、どろどろのヘドロの様だ。
体の回りには、臭気に群がる小さなハエが大量に飛び、黒い霞みの様に見える。
「あ、あれと戦うの?」
「後は任せたのじゃルイン!」
「アビスメティス様は行かないのですか?」
「うむ。妾は大事な用事ができたのじゃ」
「「「……………」」」
お菓子屋さんのショーウィンドウに張り付いてヨダレを垂らす事が、あの腐れ巨人を倒すことよりも大事な用事なんですね……。
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