第61話 天使降臨

 レミーナ様の聖なるうたで、鼻が曲がるほどの異臭は、なんとか耐えられるレベルになった。


 亜空間シールドを足場にして、悪臭巨人の頭を目指す。頭を潰して死んでくれたらベストだ。下手に攻撃して、暴れられても困る。


「ラウラぁぁぁ、いでえええぇぇぇぇぇ」


 ラウラってのは、ラウレンティア様のことだろうな。帝国の兄妹関係は知らないけど、妹を喰いたいとか、バカは死んでも治らないを地で行ってやがる!


「空間遮断!」


 巨人の頭近くまで跳び跳ねた僕は、頭の周辺に不可視の壁を作る。


「空間爆裂!」


『空間爆裂』は空間収斂くうかんしゅうれん魔法によって圧縮された空間に、更に上乗せして空間収斂魔法を重ね掛けし、その圧縮エネルギーを解放して大規模爆発を起こす魔法だ。


 空間爆裂が直撃して、巨人の頭は木っ端微塵に爆発したが、前もって仕掛けた、『空間遮断』によってヘドロの肉片が周囲に飛び散る心配はない。


「だよな」


 爆砕した頭が再生をしはじめた。ドラゴンゾンビと同じ超再生だ。更に頭がまだ再生していないのに、丸太の三倍はある太い右腕が、僕に向かって伸びてくる。


「いやあ、そんなにゆっくりじゃ、流石に当たら……!? 

 亜空間シールドォ!!!」


 ゆっくり伸びてきた右腕の先が、突然大蛇となって、鞭のようにしなり、波打ちながら急接近すると、鯨のような大きな口を開けて僕を飲み込もうとした。なんとか既の所すんでのところで亜空間シールドを展開して弾けたけどヤバかった!


天使エンジェルたちは、これに喰われたのか!」


 倒そうって僕と、捕まえようって天使エンジェルたちでは、心の持ちようもが違うから、油断もあって捕食されてしまったのだろう。


「テレポート」


 僕はいったん空間転移で、尖塔の突端まで退いた。


 悪臭の巨人が両腕を大きく上に上げる。そして、その腕が振り下ろされ、何体ものヘビに分かれて一斉に僕目掛けて襲ってきた。ヤマタの大蛇ではなく、ヒャクマタの大蛇だ!


「く、空間爆裂!!!」


 100匹のヘドロの大蛇にビビった僕は、咄嗟に空間爆裂魔法を使ってしまった。50M近い高さの場所から、爆裂魔法で無数に飛び散った肉片は、ヘドロの雨となり帝都に降り注ぐ。いや、だってね、怖かったんだよ!不可抗力だよね!


 腕を失っても、超再生ですぐに腕が生えてくる。不浄な魂を浄化しないことにはきりがないな。僕はいったんレミーナ様のもとへと空間転移した。


「レミーナ様」

「ルイン様!? 如何いかがいたしましたか!?」

「レミーナ様のお力を貸してください」


「は、はい。でも、私に出来ますか?」

「ファシミナ様の加護を持つレミーナ様なら出来ますとも!」


 お城にくる前に、ファシミナ様がレミーナ様に加護を与えてくれた。大神カナンテラスの教えでは、地上の問題は地上の僕たちで解決しなければいけないみたいだ。


「二人でサリーナ様の仇を取りましょう!」

「お姉様の……」


 帝国の帝都を破壊する厄災の巨人。しかし、あれはレミーナ様には、お姉様の仇である。レミーナ様が腐爛の巨人を見上げ、強い決意の眼差しで睨み付けた。


「お願いします!私にお姉様の仇を討つ力を貸してください!」

「はい!行きましょう!」


 僕はレミーナ様の手を取り、空間転移で尖塔の屋根へと跳躍した。


「このクズ皇子!お前にいま、引導を渡してやる!空間吸引!」


 両手を突き出し、手のひらに小さな亜空間の穴を作る。空間歪曲によって手のひらの亜空間の先にあるのは、適当な座標の宇宙だ。


 この魔法は、カトレア様と通信機を作っていた時に思いついた魔法だ。宇宙に繋がる小さな穴は、その気圧差で近くのモノを吸い込み始める。透かさず、腐爛巨人に向けて空間障壁のトンネルを作り、ヘドロの肉体を吸引する。


「ぐゥもォォォォォォォォ!」


 吠える腐爛巨人。超再生よりも吸引速度の方が勝っている。そして、胴体の中に黒く光る不浄の魂が見え始めた。


「あれです、レミーナ様ッ!!!」

「はいッ!!!

 不浄なる魂よ!あなたが行くべきは、永遠の常闇!

 聖天使ファシミナの加護のもと、大天使ミカエラに私は願う!

 不浄なる魂を天へと導き、その魂を無間の地獄へ。そして、輪廻の埒外にて、永遠の業火と、永遠の辛苦をお与えください!」


 レミーナ様の祈りは天へと届く。薄暗い甲夜の空が光輝き、2翼の大きな翼を広げた大天使ミカエラ様が降臨した。


 ウェーブのかかった長い金色の髪に、端麗な顔、その優姿に見惚れてしまう絶世の美女。いま、帝国の空を見上げている野郎どもの心を鷲掴みにして、ミカエラ様が武帝城の空を舞う。


 白い翼から花びらのように舞い降る光の結晶が、腐っていた空気を清涼な空気へと変えていく。腐爛巨人のヘドロの体も浄化されていく。


 僕の吸引魔法で剥き出しになった黒く光る不浄な魂が、巨大な肉体から離れて、宙に浮き出した。ミカエラ様はその魂に手を翳すと、不浄な魂は消えて、ヘドロの肉体がドロドロと溶けて、お城のお庭に広がっていく。


 見れば、庭先にいた人たちが、押し寄せるヘドロの濁流から慌てて逃げている。透かさずミカエラ様は、そちらに手を突き出し、聖なる光でヘドロを浄化した。


 そして状況が落ち着くと、ミカエラ様は僕とレミーナ様のいる尖塔の屋根に降り立った。


「ルイン、レミーナ、ありがとうございました。天界で見守っていた天使エンジェルたちを代表してお礼を言います」


 超絶美女の微笑みに僕のハートがどぎまぎしたが、何故だかお隣からの冷気によって急速冷却された。


「ルイン様!ミカエラ様ですよ!本当に来てくれましたよ!」

「は、はい」


 自らの祈りで降臨した大天使のミカエラ様を目の前にして、レミーナ様は大はしゃぎだ。


「それで、ファシミナ様はどちらに?」

「………お菓子屋さんにいますよ?」

「……この非常時に?

 ……お菓子屋さん…ですか………」

 

 あれ?天使のミカエラ様に黒いオーラが?

 あれ?見間違いかな?


「あ、あのぉ、ミカエラ様。あのクソ野郎の魂は?」

「はい。あの不浄なるクソ野郎魂は、私が責任をもって無間地獄に送り届けます」

「よろしくお願いします」

「ルイン様……。私、やりとげたんですね」

「はい」


 サリーナ様の仇を取ったレミーナ様の頬に、涙の雫が零れ落ちる。僕の胸に寄り添い啜り泣くレミーナ様の肩を優しく抱き締める。


 非業の死を遂げたサリーナ様。クソ野郎にはそれ以上の無慈悲な罰を与えて貰おう!


「私はこれにて天に戻ります。ファシミナ様には早く天界に戻るようにお伝え下さい」


 ミカエラ様が手を差し出したので、なん時無しに僕はミカエラ様の手を取り握手をした。そして、ミカエラ様は天へとお帰りになったのだけど、まさかあの握手がこの後にとんでもない騒動に発展するとは、モブキャラの僕には想像することも出来なかった。








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