第36話 未来への責任
「アビスメティス様、僕は今年に限っての記憶が有ります。僕はこれを神の啓示と呼んでいます」
カトレア様はだいぶ混乱しているような感じだけど、まずはアビスメティス様に応えよう。
アビスメティス様は紙袋からクッキーを取り出しハムハムと食べながら僕の話に耳を傾けている。
「僕の知るところでは、まず僕の死亡、そして女の子達に訪れる不運な未来、そしてこの国の動乱です」
「ふむ、まあ全てを語らずともよいとしよう。それで未来は変わったのか?」
「はい。僕は死ぬことなく、今も生きています。友達の女の子達も少しずつ変わり始めています」
「なるほどな。その女の子に妾も含まれているのかえ?」
「……いえ、僕の知る未来ではアビスメティス様は出てきませんでした」
「それが何を意味しているか、ルインには分かろう」
「はい。未来は常に変化するという事です。侯爵様が戦争を始めれば更に大きく未来が変わり、死ぬ筈でなかった人が死んでしまう。その責任の一端は、未来を変えようとしている僕に有ります」
「ではルイン、妾の力は必要かえ?」
「いえ、アビスメティス様の翼の羽ばたきは嵐を巻き起こしかねませんので」
「よかろう。今暫くはルインを見守ることとしよう」
僕を見守る?あれ?帰らないの?
「アビスメティス様は魔王領には帰らないのですか?」
「無論じゃ!」
「なんで?」
「魔王領にクッキーが無いからじゃあ!」
クッキーかい!
「クッキーだけではないぞ。甘いものが無いのじゃあ!先代の魔王は妾によく尽くしてくれたが、今の魔王はダメじゃな。私利私欲のことしか考えておらん!」
魔王と言えば、私利私欲で世界征服とか、そんなイメージだよね?それが普通なのでは?
「ね、ねえ、ルイン君?さっきからアビスメティス様って聞こえるんですが?」
ベンチで僕の隣に腰掛けていたカトレア様。博学のカトレア様がアビスメティス様を知らない筈がない。
「はい。こちらは魔神にして熾天使のアビスメティス様です」
「今はルインの妹じゃ。ネ!お兄ちゃん♡」
「……それはもういいのでは?」
「何をいうか!楽しいではないか!のう、カトレアとやら」
……僕は胃が痛いです。カトレア様も「は、はい」と顔が引き攣ってますよ。
♢♢♢
「大変じゃあ!クッキーが無くなってしもうたぞ!」
「そりゃあ、アレだけパクパクと食べていれば、公爵家で頂いたクッキーも無くなりますよ」
「ヨシ!ルインよクッキーを買いに参るぞ!」
カトレア様にエレナ様達とのデュラハン討伐の話や、今後の侯爵様への対応などを話していたら、だいぶ時間が経っていた。カトレア様は4限目も休むことになり申し訳ない。
「それではルイン君、私は学院に戻りますね」
「長い時間、すみませんでした。侯爵様の件、よろしくお願いします」
「はい。アビスメティス様、失礼させていただきます」
カトレア様が公園から立ち去るのを見送り、僕たちはパン屋さんへと向かった。
え、お金?先ほど公爵様からエレナ様を救ったお礼にと、金貨を10枚もいただいた。僕はデュラハン討伐には余り貢献していないので、お断りしたのだけど、「いいから受け取っておけ」と公爵夫人のお言葉もあり、素直に受け取った。
金貨10枚は僕の3か月分の生活費だ(下宿代込み)。とは言え、アビスメティス様にはアンデッドを全て浄化して頂いた御礼もしないといけない。ここは少し奮発しよう!
♢♢♢
「少ない!」
「えええええ、クッキー10枚ですよ。僕の10日分の昼食代と同じですよ」
「10枚などはぺろりじゃ」
「パクパク食べないで下さい」
「いやじゃ!人族の国にきて甘味を食さんでどうする」
なんて我が儘なんだ。魔神だからか?いやいや、堕天したとはいえ熾天使様だ。堕天がいけなかったのか?
「0がひとつ足ら~ん!100枚じゃあ、100枚買うてくれ~!」
うん。見た目的には妹が兄に駄々を捏ねているようにしか見えないね。でも怒らせると王都が無くなってしまうので、打開策を考えよう!
パン屋さんには当然パンが沢山並んでいる。そして目につく物を発見!
「メティスちゃん、アレなんかどうかな」
メティスちゃんと言うのも恥ずかしいけど、アビスメティス様と街中では呼べはしない。そして本当が指差す場所には小袋に入ったお菓子がある。
「なんじゃいアレは?」
「ラスクだよ」
「甘いのか?」
「パンの耳に砂糖をまぶして炒めたお菓子で、カリカリしてとても美味しいよ」
僕も月に1度は買っている。3本でコッペパン1個、クッキー1枚と同じ値段だ。10本入りだと値段的には1本お得で買える。
「よし!そのラスクとやらも100本買おう!」
100本は無理です。結局クッキー10枚にラスク10本入りを3袋買い、更に昼食として砂糖をまぶしてある揚げパンを2つ買ってお店を出た。
♢♢♢
「ほれはあ、ほおいしいのじゃ!」
さっきの公園に戻り、僕とアビスメティス様はベンチに座って、砂糖をまぶしてある揚げパンを食べた。
「クッキー以外にも美味しいものは、沢山ありますよ」
僕も久しぶりに食べる揚げパンを堪能する。
「人族の世界は相変わらず旨いものが多いのじゃ。魔王領ももう少し食文化を広げねばのお」
「アビスメティス様が食の伝道師になられては?」
「ふむう~。妾は魔族にも、人族にも干渉はせぬ。干渉してしまえば皆が妾に対し欲を出す。魔族も人族も欲が多いからの」
「なら、僕とこうしてていいんですか?」
揚げパンをハムハムと食べていたアビスメティス様が僕の顔を見てニコっと微笑んだ。
「ルインは欲が無いからの。妾に何も要求して来ぬ。それは全てにおいて良いことでは無い。特にルインはもう少し欲を出すべきじゃ。とは言え、お主といると楽しいのじゃ。それに妾のお兄ちゃんじゃからの。ネッ、お兄ちゃん♡」
黒髪美幼女の眩しい微笑みにドキッとしながら僕は揚げパンを全部口に押し込んだ。
「食べ終わりましたら、皆さんの所に戻ります」
「まあ、よかろう」
アビスメティス様は小さな可愛い手についた砂糖をペロペロと舐めている。
「では跳びます。テレポート!」
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