第67話 アビスメティス様の手心

「おはようございます、ルイン様」

「おはやうございまふぅ、レミーナ様」

「なにか、眠そうですね?」


 250時間近く寝ていない。リフィテル様は、こんなの序の口と言っていたけど、どこら辺が序の口なのかは理解不能です。


「はい。昨夜は一睡もしていないので」

「い、一睡もですか!?」

「はい。ちょっと…いや、かなり激しいことになっちゃいまして」

「「「激しい!?」」」


 テントの中央には大きなテーブルが置かれていて、そこには朝から全員が揃っていた。椅子は8脚あるが、座っていたのは、レミーナ様とエレナ様だけで、他の皆さんは席には座っていない。ここら辺の序列は僕もよく分からないから、あまり口を出さないようにしている。


 しかし、今は全員が立って僕と三人の美幼女を交互に見ている。


「な、何をしてたんですか!?」


 エレナ様が何やら焦り顔で聞いてきた。


「リフィテル様の凄さが身に染みました」

「「「リフィテル様と!?」」」


 ん?

 あれ?

 何か皆さん怒ってる?


「いえ、最後は4人で組んずほぐれつになっちゃいまして、精魂尽き果てました」

「「「精!」」」

「「「根!」」」

「「「突いたのッ!」」」

「「「果てちゃったんですかッ!!!」」」


 そう、240時間耐久試練は、まさかのアビスメティス様の御乱入で幕を閉じようとは、あのシャルルでさえ想像もしていなかった。


◇◇◇


「飽きたのじゃ」

「「「はい?」」」


「どれ、妾も少しだけお兄ちゃん♡に手解きしようかの」

「「「えっ!?」」」


 まさかのアビスメティス様のお言葉に、僕だけではなく、リフィテル様にファシミナ様も驚いている。


「リフィテル、妾と変わるのじゃ」

「えっ、で、でもお姉様、それじゃクソ兄貴が消し炭に……」

「妾とて、多少の手心ぐらいは心得ておるから安心せい」


 多少ってどれぐらいですか!?魔神にして、十ニ翼位の熾天使セラフィムであるアビスメティス様からみたら、人間なんてミジンコみたいなモノだ。多少の手抜きぐらいなら余裕で死ねる。


 このリフィテル様の死ぬ気の特訓を通り越した死んでる特訓で、1000回以上は普通なら死んでいた。しかし、そこは聖神と崇められている、力天使デュナメイスのファシミナ様の神力と、精神崩壊一歩手前の僕を支えてくれるインテリジェンスウェポンの神器シャルルの甲斐もあって何とか乗り切ってこれた。


「ファ、ファシミナ様ぁ、よろしくお願いします」

「う、うん。ボクがちゃんと治癒してあげるよ!……たぶん」


 ………………。


「シャ、シャルル、君がいれば大丈夫だよね!」

「わたしと100%同調シンクロ出来るニヌルタ様でも1秒も持ちませんよ?」


 ………………。


「ふむ!覚悟は決まったようじゃな、お兄ちゃん♡」


 今の会話のどこに、覚悟が決まった要素があると?


「ほれ」


 アビスメティス様が軽く手を打つと、僕の体は粉微塵に砕け散った。どこら辺が手心だったのだろうか?


 リフィテル様との訓練では四肢が飛んだりして、激しい痛みに襲われたが、ここまでされると、痛みがないのが不幸中の幸いだと思おう。


 そして僕の体はファシミナ様の神力で元に戻った。ぜぇはぁ、ぜぇはぁ言っているファシミナ様に、幾ばくかの不安を感じるのは気のせいだろうか?


「ど、どうする、シャルル?」

「無理ですね」

「……ですよね」


 六翼位のリフィテル様にさえ、掠るのが精一杯だった僕に、十ニ翼位のアビスメティス様に何か出来るとは、到底思えない。


「しかしマスター、強者との戦闘経験は大きな糧となります。ここは当たって砕けましょう」

「……当たる前に砕けるんだけどね。よし!やるよシャルル!」

「イエス、マスター!」


 バン!


 やはり当たる前に砕けた。ファシミナ様が何とか助けてくれてはいるが、都度ぜぇはぁぜぇはぁ言っているファシミナ様を見たら、あまり持たない気がしてきた。


「ルイン、お主は何故なにゆえに体が砕けているかわかるか」

「えっと……」

「マスター、空間爆裂です」

「あっ!」


 空間爆裂は僕の最大級の攻撃魔法だ。確かに体が砕け散る時に、僅かな空間の歪みを感じた。


「ピンポイントの空間爆裂?」

「そうじゃ。お主は空間爆裂魔法が広範囲に被害がおよぶモノと考え、わざわざ空間遮断魔法を使うておるが、その様な事をせんでも、これこの通り必要な威力にコントロールすることが出来るのじゃ」


 習うより慣れろ、百聞は一見に如かずと言うけど、確かにあんな微細な空間の歪みは体感しないと分からない。


「では次はこれじゃな」


 アビスメティス様が軽く右腕を払った。


「あっ」


 僕の上半身と下半身が少しズレ始める。


「ファ、ファシミナ様ぁぁぁ」


 ファシミナ様が慌てて僕に回復魔法をかけてくれる。今のは空間を斬る魔法『次元斬擊』だった。僕とアビスメティス様との距離は5Mは離れている。ならば刃渡り5Mもの空間を切り裂くやいばを作ったってことか?


「今のは次元斬撃ですよね。この間合いで使えるモノなんですか?」

「使えんでどうする。

 ルインは空間魔力制御が出来ておらんから、与えられた魔法の範疇を越える事が出来んのじゃ」


「空間魔力制御?シャルル、分かる?」

「いいえ。ニヌルタ様は空間魔法は使えませんでしたし、そもそもが脳筋でしたので、そういう事には興味がありませんでした」


 僕はリフィテル様を見て目線が合うと、リフィテル様は頭を横にぶるぶると振っていた。どうやら脳筋天使属には魔法理論は縁遠いものらしい。


「お兄さん、人属が上位魔法を使う時に何をしているかな」


 ファシミナ様は俺たち脳筋属ではないようで、少し安心した。流石は聖神様だ。


「……上位詠唱ですか?」

「うん。あれが魔法の源マナを集結させる魔法制御だよ」

「つまり、僕も上位詠唱が分かれば、より強い魔法が使えるようになるって事ですよね。でも僕の空間魔法は初級編だから無理じゃないかな?」


「ルインよ、妾は空間魔法制御・・・・・・と言うたのじゃ。空間魔術師であれば、空間を拡張収縮はさして問題なく使える魔法じゃ。では、その中の魔法の源マナはどうなっておるのじゃ?」


「あっ、そういう事ですか!」


 空間を拡張すればマナは薄れ、魔法の威力を抑えられるし、収縮させればマナの濃度は濃くなり、威力を上げられる。


「つまり、前準備として空間拡張や収縮を使えばいいんですね!」

「そうではない。マナのみを拡散、収縮させればよい」

「そんな事が出来るんですか?」


 そんな事が出来るのであれば、世の中に上位詠唱など無くなってしまう。


「空間魔術師こそが、可能とする技じゃな。マナとは何かを考え、それを集めるように意識すればルインならば可能じゃろう」

「アビスメティス様、マナとは何ですか?」

「知らん。その辺に沢山あるモノじゃ」

「リフィ……、ファシミナ様?」

「う、うん。その辺にいっぱい有るよ!」


 ………知らんのかい!


「シャルルは……知らないよね?」

「イエス、マスター!」


 元気よく言われても困るが、さてどうしたものか。魔法理論が正しい、正しくないは別にしても、仮説があった方が魔法の効果上昇する事は分かっている。困った時の前世の記憶。フムフム。成る程。そこら辺で仮説を作ってみよう。


「何やら思いついたようじゃな、お兄ちゃん♡」

「はい。空間とは何か。そこに足掛かりがありました」

「ほぉう」

「へえ~」

「流石はマスターです」

「バカか、クソ兄貴は。空間なんざ其処らじゅうに幾らでも在んじゃねえか」

「してバカ妹よ、それは何で出来ておるのじゃ?」

「キミはやっぱりバカだよね。空間が何で出来ているかなんて考えるお兄さんも変だけど。でもボクはそういう人は好きだよ」


 僕を見てニコっと微笑むファシミナ様。美幼女に好きっと言われると興奮してしま……いや、嬉しいだ、嬉しい!


「それでは空間が何で出来ているかの仮説と、仮説を元にした魔法の源マナについてお話します」


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