第72話 帝都民の思い

 そこは地下に作られた、意外に広い闘技場だった。特に観客席が有るわけではないけど、結構な人たちが僕の冒険者登録テストを見に来ている。


「ゴーギャン狡りいぞォ!」

「抜け駆けしてんじゃねえ!」

「ガキに、勝ったらテメエと決闘だ!」

「ボクぅ~、お姉さんの奴隷になるなら、お手伝いしてあげるわよ~」


 はっきり言って、ろくな歓声がない。


「ルインとか言ったなァ!悪りぃがここで死んでくれェ!」


 ブロードソードの先を僕に向けて喚くモヒカン。がっちりした戦士の体躯で、動きは遅そうだ。冒険者レベルがCランクならレベル20から30ぐらいの筈だ。


 さてと。


「シャルル、死神の大鎌デスサイズだ」


 無闇に喋らないように言ってあるシャルルは、無言のまま僕の手の中で死神の大鎌デスサイズとなって現れる。


 柄の長さが2m、刃渡り3m近くある死神の大鎌。リフィテル様の大鎌に似せてシャルルを顕現させた。


「な、なんじゃあ!?」

「す、凄え武器がいきなり現れたぞ!」

「マジックバッグから出したのか!?」

「すっげえハッタリだな、あんなの振り回せる筈ねえだろ!」

「ビビるなゴーギャン!」


「……お、おう……」


 さて、初めて使う死神の大鎌デスサイズだ。リフィテル様の見よう見まねで振り回してみるか。


 縦に横に斜めにと振ってみる。刃渡りが長いせいでバランスが悪く、空気抵抗も大きいので結構な力を使う。


「シャルル、少しバランス調整を頼む」


 僕が振りやすいように、刃や柄のバランスを変えて貰う。うん、これなら振り回せそうだ。


 さらに縦に横に斜めに、頭の上でクルクル回して、そのまま軽く跳躍し空中でブンブンと振り回して、着地してから低い姿勢で左右に薙いで、更に体を回転させてコマのように回ってみる。重い死神の大鎌デスサイズのせいでグルグルグルグルよく回る。なにこれ!面白い!


 調子にのってグルグル回っていたら、騒がしかった歓声ヤジが静かになっている。回転を止めて辺りを見ると、何故か皆さんが壁に張り付いていた。見れば対峙していた筈のモヒカンも青い顔で壁に張り付いている。


 僕は死神の大鎌デスサイズを軽くブンブンと振って肩に担ぐ。


「それじゃあ、始めましょうか」


 ニコッ


「「「…………」」」

「……参った」


 何故かモヒカンが降参した。


「えっ、困りますよ!冒険者になって魔物を売らないと、明日の世界が滅びかねません!」

「い、いや、しかしだな…」


「大丈夫です!これぐらいで振れば、死ぬ事にはなりませんから!」


 僕は軽くブンブンと死神の大鎌デスサイズを振って見せた。しかし皆さん一同が、何故か青い顔で、首を横に振るのであった。いや、本当に大丈夫だよ?


(((それ、絶対に大丈夫なやつじゃないから)))


 その時、地下の闘技場の扉を開けて、受付にいたおじさんが、大声を上げて慌てて入ってきた。


「待ったぁ!その決闘ちょっと待ったぁ!」


 はあはあと息を切らす受付のおじさん。


「ぼ、坊主、ル、ルインと言ったな。さ、昨夜の巨人を倒したのはあんたか?」

「はい。そうですけど、それが何か?」


「「「ッ!!!!!」」」


「使徒様だァ!

 このお方は使徒だァァァッ!」

「「「使徒様ァァァァッ!?」」」


 使徒様?そう言えば、お城の偉そうな方が、僕の事を使徒様って言っていたな。


「い、いえ、使徒様とかそんなんじゃないですよ」

「いや、俺は見たんだ!使徒様が巨人の頭を吹き飛ばしたところを!」

「俺も見たぞ!」

「あたしも巨人の腕を吹き飛ばすのを見たわ!あの時の少年に間違いないわ!」

「凄えぇぇぇ、使徒様だ!」

「さっきの大鎌さばきも、使徒様なら納得だぜ!」

「使徒様ぁぁぁ、お姉さんを使徒様の奴隷にしてえぇぇぇ~」


 皆さんが僕を、使徒様だと勘違いしている。使徒とは神の使いであり、敬虔な神官などの人の事だ。


「使徒と言うなら、大天使のミカエラ様を降臨させたレミーナ様だと思いますよ」

「聖女様!」

「聖女様はどんな人なんスかぁ?」

「レミーナ様はセントレア王国の王女様ですけど」

「「「えっ!?」」」


 今まで大騒ぎして賑やかだった闘技場が、一瞬にして静かになった。


 静かな闘技場に鼻をすする音が静かに響く。


 そして、荒くれ者で猛者の集まりである冒険者たちが、涙で頬を濡らしていた。


「……そんな」

「……あ、有りえんだろが…」

「帝国はセレーナ様を見殺しにしたんだぞ……」

「……姉の敵である帝国を救ったのかよ」

「……聖女様だ」

「ああ、まことの聖女様だ」

「あたし、こんなに感動したの初めだよ」

「レミーナ様、尊えぇぇぇ」


 皆さんがレミーナ様の行いに涙と感動と感謝の気持ちで讃えてくれた。僕は皆さんの熱い気持ちに感動して、目頭が熱くなる。


「せ、聖女様も近くにいるんですか!?」

「はい。通りの向こうのブティックで買い物をしていますよ」

「通りの向こうのブティックって言ったら」

「下着屋か!」

「聖女様の下着だとォォォ!」

「急げ!聖女様の下着だ!!!」

「「「うおォォォォ!!!」」」


 勇ましい威勢と共に、盛った猪の如く猛進して、闘技場から走り出ていく。


 オイ、こら、僕の感動を返せ!


 って言うかレミーナ様たちが危ない!僕は通信機を使ってカトレア様に危険が迫っていることを告げると、テレポートでレミーナ様たちのいるブティックへと空間転移した。


◇◇◇


「うわっ、もう来てる!」


 お店の外では、鼻の穴を拡げた魔物冒険者たちと、護衛のノーラさん、メーテルさん、リビアンさん、それにラウレンティア様お付きの五人の女騎士さんが、押し合いへし合いしている。


「私が出て、皆を静めてきます」


 と言って外に出たラウレンティア様。しかし、「ラウレンティア様の下着じゃぁ」と騒いだバカのお陰で、現場は更にで混乱カオスと化していく。


「これは不味いですね」


 暴徒化したでバカ冒険者を止めるのは、衛兵隊でも至難の業だ。


「取り敢えず僕が行って、バリケードを作ってきます」


 お店の扉から出ると、護衛の皆さんに下がるように告げると、すかさず空間遮断の魔法で不可視の壁を作った。


「おお、使徒様だ!」

「いつの間に店の中に!」

「何だコレ!見えない壁だ、凄え!」

「使徒様の下着ィ!」


 コラコラ、使徒様の下着はやめなさい!とんでもない変態まで混ざっている。何はともあれ、これでお店の中に雪崩れ込んでくることはなくなった。


 改めてラウレンティア様がお店から出てくる。そして、その後ろからレミーナ様も出てきた。


「お、おい、あれ」

「……聖女様だ」

「聖女様だ!」

「「「聖女様ぁぁぁ」」」


 レミーナ様の姿を見た冒険者たちは、その場に膝を付き頭を下げた。


「ここにいる奴らは、しっかりと聞きやがれッ!」


 大声を出したのは、僕と決闘をしようとしたモヒカンのゴーギャンさんだった。通りの端でこの暴動を見ていた通行人や近くのお店の従業員さんが彼の方を見る。


「聖女様はなァ、聖女様はなァ(グス)」


 モヒカン強面のゴーギャンさんが、涙と鼻水を流しながら、大きな声で喋った。


「聖女様はなぁ、俺達の街を救ってくれた聖女様はなぁ、あの・・セントレアのお姫様なんだぞ!

 この意味が分かるかァッ!分かるよなァッ!バカなオレが分かんだからよぉぉぉぉぉ(グス)

 俺達は、どうやってこのご恩をかえしゃあいいんだよぉぉぉ」


 ゴーギャンさんの言葉を聞いて、その場で涙で頬を濡らす者、両手で顔を押さえて泣き出す者、そしてその場の全員がレミーナ様に、方膝や両膝を付いて頭を下げた。


 賑やかだった通りは、啜り泣きの声以外に音はなく、見ればラウレンティア様の護衛である五人の女騎士さんたちも、片膝を付いてレミーナ様に頭を下げていた。


「み、み、皆さん、頭を上げて下さい。わ、私はただ姉の敵であるあの巨人を倒したかっただけなのです。そしてあの巨人を追い詰めたのはルイン様で、浄化したのは大天使のミカエラ様です」


「ミカエラ様をご降臨させたのは聖女様だ!」

「そうだ!使徒様と聖女様がいなかったら、俺達の街は無くなっていた!」


 頭を上げようとしない人たちに戸惑うレミーナ様が、僕の顔を見た。いや、無理ですよ?平民の僕に期待しないで下さい。


 僕も戸惑った顔を見せると、ラウレンティア様が一歩前に出て、頭を下げ続ける人たちに言葉をかけた。


「皆さん、今回の件は帝室に端を発し、元老院の一部の者により引き起こされた惨事です。私の父であるヴィルヘルム皇帝は、レミーナ様・・・・・と、、レミーナ様のセントレア王国・・・・・・・・・・・・に謝辞を送る事を、レミーナ様にお約束されました。


 皆さんのお気持ちは、私、ラウレンティア・グラン・ヴィルヘルムの名に誓って、必ず皇帝陛下にお伝え致します。


 そして、改めて使徒様であられるルイン様と、聖女様であられるレミーナ様に謝意をお伝え致します。


 私達の帝都をお守り頂きありがとうございました」


 ラウレンティア様が僕とレミーナ様に頭を下げると、


「「「ありがとうございました」」」


 通りの人たちも一斉に声を上げて、頭を更に下げた。


 意外にもこの状況を変えてくれたのはモヒカンのゴーギャンさんだった。彼は立ち上がり、「使徒様万歳~い!聖女様万歳~い!」と言って腕を振り上げた。すると冒険者たちが立ち上がり、通りの人たちも立ち上がった。


「「「使徒様万歳!!!」」」

「「「聖女様万歳!!!」」」


 そして感涙に咽ぶ万歳コールが、大通りに響き渡る。それを聞き付けた人たちも合わさり、大音響となって帝都に響き渡る。


「逃げよう……」


 このままでは更に人が集まり騒ぎがでかくなる。


「そ、そうですね……」


 帝都民の心に火を付けてしまったラウレンティア様も賛同してくれた。


 僕は皆さんを集めると、空間転移でお城へと逃げ帰った。


 お城の庭に跳んだ僕たち。レミーナ様を見れば、柔らかな微笑みに、瞳には帝都の人たちの思いを表すような、優しい涙が浮かんでいた。


 ちなみに、大通りでは僕たちが急に姿を消したことで、使徒様万歳コールに更に火を付けてしまったらしいとか。……聞かなかった事にしておこう。


□□□


魔物は次話にて売却します(^^;

まったり感が続いてますが、よろしくお願いします。


 

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