第25話 カトレア様を救え!

「ルイン君!ルイン君、助けて!」


 通信機から聞こえた声はカトレア様だ!薄い前世の記憶にあったカトレア様の誘拐事件。『王子様暴走編』でカトレア様の出番はほぼ皆無だった。そして『カトレアが行方不明になりました』だけのテキストでゲームから退場したカトレア様。


 その真相は…………。思い出せそうで思い出せない。いや、今は其れ処じゃない!


「テレポート!」


♢♢♢


「エレナ様、明日にはミストーレスの街に着きますね」

「ルイン君が速やかに地竜を退治してくれたお陰です」


 王都を出て4日目、エレナ様の軍団は街道を北に進み、明日の朝にはミストーレスの街に到着する距離まで来ていた。強行すれば夜中には到着出来るぐらいだ。


 しかし相手はアンデッドだ。夜になればアンデッドには10%から20%のバフ効果が発生する。夜しか行動しない吸血鬼とかでは無いので、日中での戦闘は当然の選択だ。


 此処に至るまでに、輜重隊の半数程が軍団から離れている。一部は僕が倒した地竜の後片付けと価値有る部位の回収、それと先ほど街道で会った、ミストーレの街からの避難民のお世話の為だ。


 長期戦に成らなければ物資や食料には余裕がある。勿論、短期決戦でデュラハンは討伐予定だ。レミーナ様のハイエストターンアンデッドも有るので、街を占有しているスケルトンやゾンビなどの駆逐も容易い。


「暫く行軍して、早めに宿営しましょう」

「近くに水場が有るのですか?」

「先遣隊が見つけてくれました」


 100人程度の軍団でも水場は重要だ。輜重隊も水を積んだ馬車を1台引いているが、従者や小僧、馬や牛に飲ませる分も考慮すればあっという間に無くなってしまう。


 そして水場に着いて間もなくのことだった。ビービーとカトレア様が作った通信機のブザーが鳴ったのは。


『ルイン君!ルイン君、助けて!』

「どうしました!カトレア様!」

『教材室に来たら男の人達がいて……キャッ!』

「カトレア様!!!」

『娘!何を話している!』

『それは魔導具か!』

『こ、来ないで下さい!』

『騒ぐな!痛い目に合いた…ガハッ!』

『ル、ルイン君!』

『誰だキサマあ!』

『助けに来たよカトレア様!』


「………えっ!?……僕がいる!?」


 通信機から聞こえてくる会話に僕の声が聞こえた。……なるほど、無理してるなあ僕。何はともあれカトレア様のピンチだ!


「エレナ様!レミーナ様!」

「ルイン君!今の声は!?」

「ルイン様!何が起きているのですか!?」

「カトレア様が何者かに襲われています!僕、行って来ます!テレポート!」


 僕は押っ取り刀で学院へと空間転位した。学院の教材室の場所を僕は知らない。先ずは屋上へと跳び、直ぐさま索敵魔法でカトレア様を探す。


「カトレア様は無事みたいだけど……」


 今のカトレア様を助けたのは今の僕じゃない。


「時間跳躍!」


 時を越える魔法を唱える。時空魔法の初級編の最大級魔法だ。初級編だけあって数分前の過去にしか遡れないし、魔力消費は半端なく大きい。しかし、それで十分!僕はカトレア様が通信機で僕に助けを求めた時の時間に跳躍した。


♢♢♢


 僕がこのタイミングを選んだのは、これ以上前だと、カトレア様が誘拐される事件そのものが今回は発生せず、近い将来に再び事件が再発する可能性があること。更には僕を呼んだ事も無くなるのに僕がいるというパラドックスが発生してしまう。


 パラドックス的には今現在、僕が2人いることになってしまっているが、前世のSF的記憶の量子計算理論では、現在と過去での僅かな量子変化による矛盾が発生した際に、「事後選択型」と呼ばれる世界の理の力で、過去が現在の状態と矛盾しないように過去事象の改竄がなされるらしい。


 つまり今回のケースは僕がカトレア様の助けを聞き、直ぐさま教材室にテレポートしたと改竄すれば、僕が2人いたパラドックスは無かったことになる……みたいな?


 更に言えば、多大なタイムパラドックスは時の神様の怒りを買い、この世界が無くなるとか、僕という存在が生まれなかった過去改竄が起きるとか、ヤバい話しになるらしい。


 そういう訳で時間跳躍魔法は無闇矢鱈には使いたくない魔法だ。じゃあ何故、僕はこの魔法を使ったのか?その事実は既に過去改竄されているため僕には分からない。いや、その時の僕は時間跳躍をしなければ成らない程の何かがあったんだ!


♢♢♢


 タイムリープした僕は、直ぐさまに教材室にテレポートした。


「こ、来ないで下さい!」


 教材室の中で3人の覆面をした男達が、膝を付いて倒れているカトレア様に襲い掛かろうとしていた。


「騒ぐな!痛い目に合いた…ガハッ!」


 手前の男を殴りつける。ひ弱な僕だけど、レベル69のステータスは伊達じゃないんだよ!


「ル、ルイン君!」

「誰だキサマあ!」


 騒ぐ男に横蹴りを喰らわし吹っ飛ばす。


「助けに来たよカトレア様!」


 更に最後に残った男には脳天唐竹割りチョップをお見舞いさせて気絶させた。


「ルイン君!!!」


 美しいカトレア様の瞳に涙の雫が溜まっている。こんな美少女を泣かすとは、コイツら殺すか!


「ありがとうルイン君……助けに……来て……くれて……」


 涙の混じる声が、カトレア様が受けた恐怖を物語っていた。


「約束!カトレア様に何か有れば跳んで来るって言いましたから!」


 僕は笑った。この酷く穢れた空気の中で。せめて僕の笑顔が、カトレア様の心を少しでも救うのなら、モブキャラなりにヒロインの女の子を救いたい。


「はい……、直ぐに来てくれて…」


 あれ?僕は何かを忘れている?僕は通信機からのカトレア様の叫び声で、この教材室に直ぐに空間転位して来た。


 あれ?教材室を知らなかった僕が何故ここにダイレクトジャンプできたんだ?


「ルイン君……まるで時間を跳んで来たようなスピードで……来てくれた……ありがとうルイン君…」


 ……時間を跳んだ?……僕の体の気怠さは……?魔力不足か?つまり僕は時間跳躍魔法を使ったのか?いや、きっとそうだ!


 この状況は時間跳躍を使った為に起きたパラドックスを、世界の理の力で過去改竄され、その時の事は無かったことになっているんだろう。


 でもその時の僕は、危険な時間跳躍魔法を使わなければいけなかったに違いない。うん!世界の理に消えた僕!よくやったよ!


「カトレア様、立てますか?」


 僕は手を差し伸べたけど、カトレア様は首を横に振った。こんな場所に長居は無用だ。僕はカトレア様に「失礼します」と言ってカトレア様を抱き上げて、教材室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る