第80話 双頭竜の徽章
女の子たちが地獄の特訓に出かけていた時間に、僕は謁見の間で皇帝陛下から褒章を頂いていた。
高座にある玉座には皇帝陛下が座り、その下座の赤い絨毯の上に、僕は片膝をついて頭を垂れている。
僕以外には、赤い絨毯脇に帝国の重鎮であろう貴族様たちが立っている。巨人を倒した時に駆けつけていた、3人の貴族様たちの姿も見える。
「陛下、使徒殿との謁見は夕刻になされると伺っておりましたが」
「あ〜、すまん、すまん。俺もルインも暇を持て余していたので、今やることにした」
皇帝陛下の暇を持て余しての下りから、貴族様たちのお顔に青筋が立っているよ?
(暇だとぉぉぉ)
(テメェの部屋ぐらい、テメェで片付けろ!)
(陛下ぁ〜、書類が貯まってますが…)
(瓦礫が散らばってる所に立ちションしてんじゃねえよ!瓦礫かたせこの野郎!)
ああ、僕の空間把握魔法が、貴族様たちのぼやき声を拾ってしまう。
「そんで、ルインへの褒章だが、皆はどう思う」
陛下のその一言で、皆さんの視線が僕に集まる。
(彼が使徒様? まだ子供ではないか)
(何の冗談だ、あんな子供に巨人を倒せる筈がなかろう)
(たまたま投げた石が、たまたま倒れかけていた巨人に当たったのだろう)
(なるほどな、私もその場にいたら、石の1つでも投げたかったわ)
(私もですよ)
((アハハハ))
とか、
(全く、軍は何をしていたのだ!)
(子供でも勝てる魔物に遅れをとるとは!)
(これは、ベールンゼン卿の失策ですな)
(おお、そうだな。よし、吾輩が進言しよう!)
とかね。
「陛下!僭越ながら進言致します」
「おう、エルビス子爵か。なんだ?」
「そこな小僧…いえ、少年の功を讃える前に、ベールンゼン卿を処するのがよろしいかと」
「ほう、ヴァルデンをか?」
「はい。大将軍として、帝国軍の責任者として、帝都を巨人の危機に晒した醜行は如何なものかと」
「巨人の件は元老院のクソ爺い共を処罰して、ケリをつけた。それでこの件はしまいだ」
「いえ、話しに聞けばベールンゼン卿は、戦略大魔法のドラグインフェルノを用いて、帝都を灰燼に帰そうとしたとか。吾輩がその場にいれば、その様な愚策を用いずとも、我が聖剣エルビスカリバーの錆に致したところ。吾輩がその場にいなかった事、このエルビス一生の不覚」
「フン、俺の聞いた話しじゃ、お前さんは一目散に荷物纏めて城壁の外に逃げたらしいじゃねえか」
「い、いえ、そ、それは……、そう! 吾輩の家の小僧が、我が聖剣エルビスカリバーを盗んで、城壁の外へと逃げたのです。吾輩は小僧を追いかていた為に駆けつける事が出来ませんでした。あ〜、口惜しや」
「………分かった」
「オオ、分かって頂けましたか!」
「ああ、エルビス子爵が武勇に秀でた武将って事がな。勅命だ、西のゼルビア王国に行ってこい。大麻戦争も終結が見えているだけに、クソマフィア共の反抗も激化している。お前さんの武勇に期待しているぞ。下がれ」
「ヒッ、わ、吾輩には愛する妻と娘が……」
「下がれッ!!!」
「ヒィィィィィィッ」
な、何だったんだろうか? エルビス子爵様は控えていた騎士さんに両脇を抱えられ、謁見の間を出ていった。
「ルイン、悪かったな」
「い、いえ。先程の子爵様はよかったのですか?」
「ああ、親の七光り世代には多少灸を据えた方がいいからな」
「はあ」
平民の僕には貴族世界のことは分からない。
「陛下」
「おう、グラモント伯爵か」
「使徒様への褒章は金貨5千枚、更に我が娘キャザリーンとの婚姻、更に更には我が土地の一部も分け与えましょう!」
「まあ、そうなるわな。グラモント伯爵、金貨5千枚は悪く無かったが、お前さんとこのキャザリーンは俺より5つ年上だろ。流石にルインが可哀想そうだ。下がってよいぞ」
(ったく、テメェんとこの行かず後家の処理して、金貨5千枚は親の総取りかよ。やっぱ俺様のアイディアしかねえか)
「お褒め頂きありがとうございます」
一歩前に出ていたグラモント伯爵が列に下がった。しかし、危なかった。皇帝陛下が、了承していたらどうなってたんだ? 陛下よりも5歳年上って……。
「さて、ルイン。という訳だから俺の息子になれ」
「「「はい?」」」
僕も吃驚したが、貴族様たちも吃驚していた。な、何が『という訳』なんだ?
「テメェ、何言っちゃってるんだ!?」
陛下をテメェ呼ばわりするベールンゼン将軍が、ツッコミを入れてくれて助かります。
「いや、なにせ帝都を守った使徒様だ。金で計るのも憚れる。地位も同じく、下手な貴族位をくれてやったら、ルインを丸め込もうとするバカや、敵対しようとするバカが現れかねない」
はい!貴族位とかは僕には荷が重いのでいりません!でも、あれ? 息子?
「陛下、僕の両親は健在ですが?」
「ああ、そうだな。気にすんな!ただ俺はお前が心配なんだよ。
そんだけの力を持っていながら、野心も、金への執着も、女を抱きたい性慾さえも持っちゃいない。
そんなんじゃ百戦錬磨の女狐に、先っぽ舐められただけで、ころっと騙されちまうぜ」
「はあ?」
先っぽって何の先っぽを舐めるのですか?
「だからお前には後ろ盾が必要だ。
「でも僕はセントレア王国の人間ですよ」
「国なんか関係ねえよ。俺の息子を名乗るやつは、大陸中に5万といる。と言うわけで、お前はこれを持ってろ」
陛下がポイと放り投げた小さな物。僕はそれを慌ててキャッチして、握った手をゆっくりと開く。それは銀色に輝く徽章だった。
「これは、帝国の紋章?」
双頭竜の紋章が彫られた銀色の徽章。
「陛下、この徽章は?」
「俺が認めた息子の証だ。帝位継承権を持ってる奴にはゴールド、そうじゃない奴はシルバーを渡している。ルインが帝位継承権に興味あんならゴールドでもいいぞ」
僕は全力で首を横に振った。平民の僕が皇帝候補とか無いでしょ!
僕はこの徽章を貰ってよいものか悩みながら、辺りを見渡すと、頭を抱えている貴族様が多数いる中、うんうんと頷いていたのは、ベールンゼン将軍と、その隣にいる神官風のおじさんと、魔術師風のおじさんだ。
「使徒様、持っていて困る物ではありません」
神官風のおじさんが言う。しかし、これを受け取るという事は、僕が陛下の
「
すると、陛下は1枚のカードを胸の懐から取り出し、シュっとスナップショットでカードを投げた。その投げたカードを、僕は徽章を持っていない右手でキャッチする。
「そいつは皇室御用達のクレカだ。大陸中どこでも使えるカードだ。帝都を守った使徒様に金額は決めらんねえからな。ルイン、深く考えるな。素直に受け取っておけ。俺たちは
ゴールドに輝くクレジットカード。こちらも徽章と同じく双頭竜の帝国の紋章がプリントされていた。そして、左手の中の銀色の徽章を見つめる。
僕は陛下のお気持ちを貰う事にした。よく話しに聞く、褒章としての騎士爵位。しかし僕は帝国の人間じゃないし、それを貰ったら帝国貴族との面倒くさい縁が出来てしまう。
陛下はそれを察して、貴族位以上の皇室ファミリーという、普通じゃ有り得ない褒章を僕に用意してくれた。
この先、セントレア王国の王位に誰が付くかは分からないけど、もしレミーナ様がそのお立場に立つとしたら、僕の
「陛下、こんな凄いものを貰ってしまっていいんですか?」
ゴールドカードを指で挟んで、陛下に見せる。
「ああ、それで好きな物を買ってくれ」
「ありがとうございます!これでお菓子が沢山買えます!!!」
「…………天使どもの飯か………」
陛下は青い顔をしているけど、これで僕のお財布事情は楽になった。あとは魔物の買い取りもして貰えれば、そちらのお金は僕のものだ。
などと、お菓子問題クリアーなんて思っていたけど、この後に全世界規模のお菓子騒動が起きる事など、今の僕には知る由も無かった。
□□□
作者より
今回の話しはてこずりました。貴族だから謙譲語や尊敬語になるのかなと、グーグル検索しながら書きました。国語苦手w
誤字報告あればよろしくおねがいします!
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