第43話 時の始まり
湖畔の見える露天風呂。青空の下で岩風呂に浸かる僕。暖かい湯気に包まれる中、そこへ混ざるように吹く夏の風が気持ちいい。
露天風呂の左右に柵はあるものの、前面は解放されているので、コバルトブルーの湖がよく見える。
昨夜は戻りが遅かったので、僕はそのままベッドに直行した。レミーナ様、アビスメティス様、僕たちの帰りを待っていたリリアンさんは、星空の露天風呂に入ったみたいだ。
早朝に到着したカトレア様には申し訳ないと思いながらも、ゆっくりと湯舟に浸からせて貰っていた。
「いい湯だな~」
「そうじゃの~」
「…………」
「魔族共は温泉に入らんからな。全く、けしからん!」
「アビスメティス様ァ!?」
僕の隣に真っ白な玉の肌のアビスメティス様。長い黒髪は頭の上で纏めタオルで巻いている。湯舟から出ている綺麗な肩が目に飛び込んでくるが、幸いにして少し濁りのあるお湯で、肩から下は見えない。
ここ重要だから、もう一度言うよ!
「ルインよ、鼻血が出ておるぞ」
「えっ!?ウソ!」
えっ、マジ!?僕の理性ヤバいの!?
「嘘じゃ」
「そ、そういう冗談は止めて下さい!って言うか、どうやって入って来たんですか!?」
温泉の扉が開く音は聞こえなかったし、僕の空間把握魔法にも反応はなかった。
「お主もこれぐらいの芸当は出来よう」
「く、空間転移ですか」
「さようじゃ。伊達や酔狂で何千年も生きておる訳ではないからの」
そう言えばゲームの魔王もショートレンジのテレポートが使えていたよな。魔王が使えるなら、魔神様だって使えるよね。
「アビスメティス様が空間転移魔法が使えることは分かりました。時魔法も使えるのですか?」
「時魔法は無理じゃな。1つの文明を終わらせた時魔法は、大神カナンテラスによって封印されておるゆえ、我ら天使でも使うことは出来んのじゃ」
天使も使えない魔法?
「僕は使えてますよね?」
「そうじゃな。それはお主がマクドゥルフの血族である事に由来しておる。
その魂の源は、我らが神、カナンテラスも与り知らぬ存在じゃからな。
つまりお主は更に高次の神との
高次の神?僕は偶々、『時空魔法の書。初級編』を手にしたと思っていたけど、僕の血が引き当てたみたいだ。前世の記憶的に言えばSSRを引き当てたって感じかな?
「そもそもにして、時というモノの概念が我ら天使を持ってしても知らぬことじゃ。マクドゥルフの血族であるお主には、些かでもその概念が有るのではないか?」
時間か……。僕は前世の記憶を辿り、時間について考えてみた。
「アビスメティス様は宇宙をご存じですか?」
「この星の外にある世界じゃな」
「はい。ではその成り立ちについては?」
「知らぬな。そもそもにして、この星の外は我が神カナンテラスの管轄外じゃからな」
この世界には宇宙論がない。前世の記憶では、神々が宇宙の星々であり、太陽などは最たる神であった。
しかし、この世界には大神カナンテラスが絶対神であり、その下に神に近しい神力を持つ天使達がいる。
エレナ様の加護神であるヴァルキリアも4翼位の能天使である。
「前世の記憶では、宇宙はビッグバンと呼ばれる大爆発から生まれたそうです」
「ほほう」
「ビッグバンの巨大な爆発により出来た塵やガスが集まり数多の星や銀河になり、そしてその爆発の力は今も広がり続けています」
「では、我らが星もその中の一つという訳じゃな」
「はい。そしてビッグバンが作ったのは星だけではありません」
「なる程な。爆発が生み出すモノは空間、空間を維持するモノが時間か」
「はい。ですので宇宙が広がり続けることで、時間が作られ続けています」
「時間というモノは永遠にあると思うておったが、爆発の後に残るは
遙か遠い先のことであろうが、いずれ『時』も終わりを迎えるか……。面白い話しであったぞルイン。流石は時空魔法の使い手に選ばれし者じゃ」
僕とアビスメティス様は湖の上に広がる青い空、そしてその先に広がる宇宙を岩風呂に浸りながら眺めていた。
「ルイン君!お風呂が長いですよ!」
待たせていたカトレア様が、辛抱堪らずか、お風呂の戸口の向こうで僕を呼びにきた。
「すまんのカトレア。妾が長引かせてしもうたようじゃ」
「アビスメティス様ッ!!!
ルイン君!アビスメティス様とお風呂に入っているのですかッ!!!」
…………新たな嵐の予感を感じながら僕はお風呂を出た。
カトレア様だけで誤解が解ければいいけど、もしそうで無かったら、この別荘にビッグバンが訪れるかもね(涙)
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