第100話

しばらくすると、若菜ぐらいの年齢の女中がお茶を持って部屋に来ていた。

考え事をしていた若菜は、それには気がつかずに声をかけられてわかった。

「お嬢様、いえ、奥様。他に何かご用があればおっしゃって下さいね。」

女中は優しくそう言うと、部屋から出て行った。

(奥様かぁ)

この屋敷に来てから若菜の知らない所で話が勝手に進んでいる事に違和感を覚えながらも、今は直人の両親の事や、初めて会った祖父の事が頭から離れなかった。

私の想像が当たっていたら、直人兄さんの母親はあの方しかいない。。

私の両親を翻弄させた人達が兄さんの両親だったなんて。。

私は何も知らなさ過ぎた。

知ったとしても、どうにかなったのだろうか?

直人には母親共々お世話になった事に変わりはないのだから。

「若菜、入るぞ」

部屋の外から直人の声がした。

若菜は直人の顔を見る。

普段と変わらず落ち着いた様子の彼は、彼女の方に近づくと、不意に唇にキスをした。

触れるか触れないかわからないキスに、若菜は一瞬驚いた。

「正気に戻ったか?今から俺の両親に会いに行く」

驚いた若菜の顔が可笑しかったのか、直人はクスっと笑いながら彼女の腕を掴むと、いきなり抱き上げた。

「ちょっと兄さん、辞めて。1人で歩けるから」

若菜はお姫様抱っこをされている事が恥ずかしくて、手足をばたつかせた。

「少し痩せたな。俺はお前しか抱きあげない。俺の大事な奥さんだから」

直人の甘い言葉には慣れているはずなのに、今ここで言われると、顔が真っ赤になって力が抜けてしまった。

それを察したのか、直人は優しく囁いた。

「ちゃんと捕まっておけよ」

そのまま部屋を出て、女中達がいるのも気にする事なく、直人は若菜を抱き上げたまま離れまで歩いて行った。


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