第37話

後ろから抱きしめられて、紗代子の胸はドキドキした。


バスローブ一枚の自分の格好を恨んだ。

これでは、何が起こっても言い訳ができない。


「紗代子」


雄也は尚もきつく抱きしめてくる。


「雄也さん、冗談はやめて」

紗代子は自分を落ち着かせようとした。


後ろから抱きしめているのが雄也ではなく直治だったら、どんなにか幸せだろう。


「紗代子、私は直治のように次期若頭でもないし、彼のように期待されて生きてきた人間ではない。

全てが手に入る直治を羨ましいと思った事もあったが、これも運命だと諦めて生きてきた。


でも君と出会って君を知るうちに、直治にだけは渡したくないと心底思うようになった。

それは私の我がままなのか?」


雄也の体が震えていた。


紗代子はコーヒーをテーブルに置いた。

そして雄也の腕をそっと握り返した。


この人は今までどんなに自分を押さえて生きてきたんだろうか。。

可哀想な人なのかもしれない。


でも私の気持ちは直治にしかなかった。


「雄也さん。

あの、、私このままだと困るから着る物を買ってもいいですか?」


紗代子は話を変えた。


雄也はしばらく紗代子を抱きしめ続け、軽く頬にキスをしながら、


「分かったよ。紗代子さんに似合う服や下着を用意させるよ」


雄也は紗代子を自分の方に向かせると、紗代子のおでこに自分のおでこを当て、紗代子の唇に自分の唇を重ねた。


優しいキスだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る