第93話

若葉は強引に車内に乗せられ、そのまま車は郊外へと走りだした。


隣に座っている直人は、険しい顔をしながら一言も喋る事はなかった。


1時間程走っただろうか。

屋敷の入り口らしい門が見えて来た。

そこから敷地内に入っていくと、玄関先には男衆がずらりと並んで待っていた。


(このお屋敷が私の生まれ育った所。。)


目の前のそれを見ても、若葉の頭の中には記憶は残っていなかった。


車が横付けされ、直ぐに後部座席のドアが開けられた。


直人が若葉の手を取って降りると、

「お疲れ様です」

と大声で迎えられた。


一瞬鋭い視線が彼女に向けられたが、直人がそれを察して睨みを効かせた。

男衆は一斉に下を向き、彼等が若葉の方を見ることは無かった。


その動作に一番驚いたのは若葉だった。


(兄さんって一体どういう立場の人なの?)


彼の後ろを歩きながら、自分の知らない直人を見たような気がした。


2人は長い渡り廊下を進み、その一番奥にある部屋のドアを開けた。


「ここで待っていてくれ。

後から女中が来てお前の世話をしてくれる筈だ。

俺は今から若頭に会ってくる」


「待って!兄さんは一体何者なの?どうして皆んな兄さんの言うことを聞くの?」


若葉は不思議そうに問いかけた。


「今まで知らずにいた方がお前にとっては幸せだったのかもな」


若葉の頭をポンっと叩くと、直人はそのまま部屋を出て行った。


なんだかはぐらかされたような気がする。。



屋敷が都内から離れている為か、時々鳥の鳴き声が聞こえてくる。


人がいるのか分からないぐらい静寂していた。


言われた通りしばらく椅子に座ってジッとしていたが、幾ら待っても誰もやってくる気配がなかった。


扉の方へ近づき少し開けてみると、手入れが施された広い庭が目の前に現れた。


若葉はこっそりと外に出てみた。


暫く歩いていると、小さな池があって、中には高そうな錦鯉が所狭しと泳いでいた。


鯉達はお腹が空いているのか、又は人に慣れているのかわからないが、口をパクパクと開けながら餌をねだっているように見えた。


小さい頃よく連れて行って貰った出店の金魚すくいを思い出して、思わず笑ってしまった。


「おい、そこで何してる?」


いきなり後ろから荒っぽい声がした。


若葉が振り向くと、掃除道具を手に持った同い年ぐらいの青年が、不機嫌そうに彼女を見ていた。

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