第85話

若葉を乗せた車は、六本木にあるマンションの地下駐車場で止まった。

運転手の男性が後部座席のドアを開け、拓也と2人車から降りると、エレベーターで高層階に向かった。


「このマンションで1人で生活しているの?」

若葉は驚いた様子で尋ねた。


「六本木は便利がいいし好きな場所だからね。

家は何処でも良かったけど、どうせなら夜景が見える所にしようと思って」


エレベーターはあっという間にノンストップで30階に着いた。


降りるとガラスドアがあり、オートロック式になっていた。


凄いマンション。まるでホテルみたい。


キョロキョロと見回しながら拓也の後を着いて行った。


1番奥のドアの前で彼はカードをかざした。


「中にどうぞ」


そう言うと先に彼女を入れてドアを閉めた。


リビングに入ると直ぐに、大きなガラス窓から外の景色がパノラマの様に見えた。


「すごーい!」

若葉は大声を上げて窓側に駆け寄った。


「いいでしょ?景色が気にいったんだ」


拓也は台所に向かうと、冷蔵庫の中の缶コーヒーを二つ取り出し、一つを若葉に渡した。


「俺は自炊をしないから何もないけど。

飲み物は冷蔵庫にあるから適当に飲んで」


拓也は着替えをするからと部屋の中に入って行った。



まるで外国のお部屋みたい。

あ、彼はアメリカに住んでたんだっけ。


出会ってまだ数回なのに、自宅までお邪魔している自分が不思議でならない。


彼女が考えにふけっていると、スーツよりも少しラフな格好の拓也が部屋から出てきた。


「これからお仕事?」


「あぁ、ちょっとだけね。

これでも一応会社を経営してるから」

さらっと言ってのける。


「ええっ?あなた、極道の世界の人じゃないの?」


若葉は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。


「アメリカでやっていた仕事を今も続けているだけ。いつまで出来るかわからないけどね」


大人だ。。完璧な大人だ。。

若葉は唖然とした表情で彼を見た。


「それより、君のお兄さんって何の仕事をしているの?外車に乗ってるみたいだったけど」


その質問に今度は持っていたコーヒーを落としそうになった。


「兄さんの仕事?えっと、、私もあんまり良く知らないの」


「そうなんだ。あんなに親しくしてるのに」


「親しいけど一緒に住んでいないし。。」


言われてみれば、イナス組にいるというだけで、直人の事をあまり知らない。

知りたいと思った事もなかった。



話の途中で拓也の携帯が鳴りだした。


番号を見るなりため息をついた。

どうやら迎えの運転手が到着したらしい。


「すぐに戻れると思うから待ってて」


名残惜しそうに若葉の方に近づくと、優しく抱きしめた。


その時、付けているネックレスが拓也の目に留まり、愛おしさの余り彼女の首下にキスマークをつけてしまったのだった。

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