第64話
林をぬけてしばらく行くと雄也の屋敷の門が見えて来た。
イナス組とは違って小さな家だったが、玄関先には何人かの男衆が雄也の車を待っていた。
彼は車を降りて助手席のドアを開けた。
恐怖で真っ青の紗代子の腕を掴むと車からゆっくりと下ろした。
彼女の体はまだ震えていて、雄也の体にもたれかけて歩くのがやっとだった。
大人しく自分に体を預けている彼女をとても愛おしそうに支えながら、屋敷の中に入った。
母親のいる部屋は廊下を歩いて直ぐにあり、待ち侘びていたのか部屋のドアが中から開いた。
「まぁまぁ、貴方が紗代子さんね」
優しそうな声がした。
「母さん、彼女は車に酔ってしまったみたいで。何かお茶でも入れてもらえますか?」
雄也は大事そうに紗代子を座らせた。
その様子を見ていた彼女は、心配しながらも仲が良い2人に安心したようだった。
煎茶を雄也から飲ませてもらい、何とか正常に戻った。
落ち着いてきた紗代子は、雄也の母親に頭を下げて挨拶をした。
雄也に似て綺麗な女性だった。
そして、花嫁を連れて来た事を心から喜んでいる様子だった。
雄也も隣で笑っている。
こんなに嬉しそうな彼を見たのは初めてだった。
この人があの組長の愛人。そして雄也を大切に育てた人。
雄也が冷静沈着な人間になったのは組織のせいかも知れないとふと思った。
こんなに喜んでいる彼女に、私は直治さんをお慕いしていますとはとても言えなかった。
しばらくたわいのない話をした後、雄也が屋敷内を案内してくれた。
「ここは母親の屋敷で、たまに組長がやって来る。私は彼が来ない時に母に会いに来ているんだ」
雄也はずっと私の手を握っている。
私も何故かその手を振り解けない。
今は雄也の結婚相手でいてあげるべきだという気持ちの方が勝っていた。
帰りの車の中で、雄也は感謝の気持ちを述べていた。
彼女が気を遣っていた事がバレていたのだろう。
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