第75話

拓也の出来事があってからしばらくは平穏な生活が続いていた。


厄介な事といえば、若葉を迎えに来る直人にいつしか女性達が集まっていることぐらいだった。


(相変わらずモテるなぁ)


ため息をつきながら車に近寄ると、直人は急いで助手席を開けて若葉を中に入れ、車を移動させるのが日課になっていた。


「兄さん、私1人で帰るからもう来なくていいよー」


「なんだ?妬いてたのか?

あの子達病院の関係者だろ。

あんまり無視するとお前に何かあると困るから話だけはしてるんだが」

笑いながら答える姿を見て、

何かまんざらでもなさそうみたい、と思ってしまう。


「あ、私買わないといけないものがあるから食事したらそのままスーパーまで送ってくれる?」


「ん?買い物ならつきあうぞ」


若葉は首をブンブン振った。


明後日はバレンタインデー。手作りクッキーをみんなに配るって言ったら絶対怒られるもの。

直人が機嫌が悪くなるのは目に見えている。


食事を終えるとついて行くと言う彼を頑なに拒んで帰ってもらった。

その後ゆっくりと買い物をして自宅に戻った。


材料をテーブルに広げて、早速チョコレートクッキーを作り出した。


(病棟と先生達と、、かなりのクッキーを焼かないと)


色々考えているとインターホンが鳴った。


時計を見ると夜の9時過ぎ。


今頃誰だろう。


若葉が玄関越しに覗き込むと男性が1人で立っていた。

インターホンに出ると、拓也の使いの者だという。

若葉はゆっくりとドアを開けた。


その男性は、一見強面の様に見えたが優しい眼差しで手紙を渡し、直ぐに帰って行った。


受け取った手紙を開くと、この間のお礼と携帯番号が書かれていた。


(どうしよう、これって電話をして下さいって事よね)


さっきの男性からしてやはり拓也は極道の人なのだろう。

直人の付き人となんとなく感じが似ていた。


悩んだ挙句、携帯に電話をしてみた。

2、3回ベルが鳴ると拓也の声が聞こえてきた。


「若葉?良かった!電話番号を聞く事が出来なかったからどうしようかと思っていたよ」


「拓也さんこそもう大丈夫なの?あの時兄さんが追い出してしまって御免なさい」


1日看病しただけなのに不思議と会話が弾んだ。


電話の内容は食事の誘いで、丁度明日は病院の仕事がオフだったので昼にランチをしようという事になった。


(今からクッキーを焼いたら明日間に合うかな)

若葉は急いでクッキーを作り出した。

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