第5話
「若い頃、お母さんは看護師をしていたの。仕事は忙しく恋愛や結婚なんて考えていなかった。
そんな中、大怪我をした人が運び込まれてきたの。包丁で刺されたという情報しかなかったから、急いで外科のオペの用意がされた。でもその人はオペを強く拒んだの。
命に別状はなかったけれど、しばらくは動く事もままならない状態だった。
病院側や外科の先生の意向もあって、しばらく個室入院になった。
その時の担当がお母さんだったの。
担当になってお世話をするようになり、すぐに極道の人だとわかった。
背中に見事な刺青が入っていたから。」
話している母の顔色が段々と悪くなるのが分かった。
「お母さん、もう今は話さなくていいから。横になって。」
私は青ざめた母を横にさせて、お茶を持って来るからと台所へ向かった。
自分を落ち着かせようとも思ったからだ。
お茶を注ぎ、母の元に戻った。
母は疲れたのか眠っていた。
その目からは涙が流れていた。
母の横で、私はもう一度写真を見たり父からの手紙を読み返した。
写真の私は笑っている。
母も父も笑っている。
何があったのかはわからないけれど、父と母は幸せだったんだと感じた。
私も母の横で気がついたら寝てしまっていた。
目が醒めると毛布がかけてあり、母の側に兄が座っていた。
しばらく出張で帰れないと行って戻らなかった兄が、側にいることに驚いた。
「直人兄さん、いつ戻ったの?」
私は聞いた。
「若葉、お父さんの話を聞いたんだね。
昨日の夜、お母さんから知らせがあったよ。」
「兄さん、兄さんは知っていたの?
私達のこと。私の父が極道だったこと。
兄さんは私と血の繋がりがないって聞いたわ。
じゃあ兄さんは誰なの?」
私はずっと知りたかった事を兄に聞いた。
兄はまっすぐに私の顔を見ながら
「私はお前のお父さんに仕えていた親父の息子なんだ」
「兄さんのお父さんも極道なの?」
私は兄を見つめ返した。
「君のお父さんは任侠イナス組若頭で立派なお方だった。
私も親父も小さい時から君のお父さんにはお世話になった。」
「。。。」
「あの日、、イナス組が別の組に襲撃されて、若頭は君とお母さんを逃したんだよ。
誰にも分からないように。
若頭はいつも命を狙われるほど組内でも色々あったんだ。親父は私に二人を命がけで逃し、生涯守るよう命じたんだ。」
「兄さん、それじゃあ兄さんのお父さんはどうしたの?」
「あの時、かなりの人数のイナス組がやられた。親父も駄目だったらしい。今イナス組を支えているのは君のお祖父上だ。
それと、君の叔父上。
私は今イナス組でお祖父上の下で動いている」
「お祖父様。。」
兄はゆっくりうなずいて「ただ、お祖父上には君達は亡くなったことになっている。そうしないと生き抜く事が難しかった。」
私達の話をどこから聞いていたのか、母が体を起こし始めた。
「体調はよろしいんで?横になられた方が」
兄は母を心配して体を支えて言った。
「直人ありがとう。私は大丈夫。
それよりも、若葉をこれからも守ってやって。
私は若葉には極道ではなく、普通の生活を望んでいます。その為には若葉を組内に知られてはならない。
たとえお義父様にも。」
「了解しております。命に代えてお守り致します。」
兄は頷いた。
その日からしばらくして、大好きだった母がこの世を去った。
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