第15話
その日は朝まで付き人の男性達は現れなかった。
直治が男達に指示をしたのだろう。
初めて過ごす2人だけの時間。
いつものように血圧や体温を測り、院長が様子を見に来た。
院長は直治に自宅に帰ってからの様子を連絡すること、1か月に一回は訪問診療することなどを話していた。
紗代子も隣で一緒に聞いていた。
直治も頷いていた。
院長が部屋を出た後しばらくして、夜の食事が運ばれて来た。
いつものようにベッドの横の机に用意をして、紗代子が直治の食事を手伝う。
ただ今日は、直治の希望で紗代子も一緒に食事をする事になった。
「直治さん、手伝いをしながら私も食べるのは時間がかかりますよ」
紗代子は率直にそう言った。
「今日ぐらいはいいではないか。
紗代子と一緒に食べたいのだ。今日は手助けなしで食べる」
直治はわがままな子供の様な顔をした。
紗代子は直治の顔を見て思わず笑ってしまった。
直治の食事は特別に用意された物で、今日は退院前夜という事なのか、豪華なものだった。
それに比べて紗代子の食事は病院食なので、並べるとかなりの違いがあった。
「紗代子、いつもそのような食事を食べていたのか?」
「はい、私には丁度いいです。」
「そうか。。私のを半分食べてくれないか、私は紗代子のを半分いただこう」
直治は痛々しい腕で紗代子に自分の食事を渡そうとした。
「駄目です。直治さんはきちんと食べてください。そうしないと一緒に食べません。」
彼女は答えた。
「いや、私もそちらの食事を食べてみたいのだ。」
直治があんまり言い張るので、紗代子は自分の食事を直治に食べさせた。
一口食べて、直治の顔が歪んだのが分かった。
(だから言ったでしょ。あなたの食事は薄味では食べないから工夫されているんだから)
紗代子が何を言わんとしているのか分かったのか、彼は自分から箸を握り出した。
「直治さん、箸をもうもてるのですか?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
「でもいつも指が動かないって。」
紗代子は聞き返した。
直治は豪快に笑いながら
「そうでも言わないと紗代子が食べさせてくれないではないか。男衆にも示しがつかんし」
なんて事。
紗代子は呆れてしまった。
「とにかく私の退院祝いと思って、私の食事を分けて食べよう。
いや、食べなければ院長に言いつける」
「分かりました。本当に我がままなんだから」
紗代子はそう言いながら2人でゆっくりと食事をした。
この部屋の担当になってから、1人で食事をしていた紗代子。
久しぶりの楽しい食事だった。
その後、直治の着替えを用意して体を拭き始めた。
もう見慣れた刺青。
鍛えあげられたであろう上半身。
紗代子は明日からもう直治との時間が無くなると思うと切なくなっていた。
不意に直治は紗代子の手を握りしめ、
「今日は私の側で寝てくれないか」
後ろ向きのまま紗代子に言った。
胸がドキドキと高鳴りながら、紗代子は小さく
「はい。。」
と答えた。
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