第27話

美鈴は、遠い昔の事を思い出していた。


彼女の父親はイナス組の組員で、母親は銀座の有名なクラブのママをしていた。


ママは銀座一というほど容姿端麗で、銀座では名が知れた女性だった。


美鈴の父は、彼女を殊の外ひいきにしており、いつしか二人は結ばれた。


その後しばらくして、美鈴は生まれたのだった。


美鈴は、愛情をたっぷり受けて育てられた。


いつか組長の伴侶の候補にふさわしい女性になるようにと、父はひと通りの習い事もさせ、母はそんな美鈴を優しく見守っていた。


美鈴の父は組員の中でも上の位らしく、美鈴達の家もかなりの広さだった。


家政婦も4人ほど働いていた。


時々両親に連れられて、美鈴はイナス組の屋敷に行く事があった。


屋敷の中では、彼女は同じ立場であろう同い年の女の子や、若い家政婦達と庭で遊ぶ事が多かった。


ある日、中庭で遊んでいる時にいきなり雷がなりだした。


「きゃー、怖い」


広い中庭には遮る物がなく、木にカミナリが落ちたら大変な事になる。


みんな慌てて屋敷の中に走りだした。


一緒に走っていた美鈴だが、着物を着ていた為、足がもつれて草履が脱げてしまった。


そして、自分だけ取り残されてしまった。


雨も降り出し、周りも暗くなってきた。


美鈴は不安になり、泣きだしながら大きな木の下に隠れた。


誰か助けて。。美鈴は心の中で叫んだ。


雨がひどくなり、カミナリも近くに落ちた音がした。

彼女はその場所から一歩も動けなくなってしまった。


「お父様、お母様。。」

ずぶ濡れになりながら、美鈴は、誰かが来るのをただ待つしかなかった。


「誰かいるのか?」


暗やみの中から、少年の声が微かに聞こえた。

しかし、今の美鈴は声を出す事が出来なかった。


しゃがんでずぶ濡れで泣いている美鈴の頭を少年が撫でた。


「逃げ遅れたか?ここにいたら危険だ。一緒に行くぞ」

少年は美鈴の腕を掴んだ。


「あの、あなたは?」

美鈴はよく見えない少年に聞いた。


「俺は直治、この屋敷に住んでる」


美鈴が初めて直治と出会った瞬間だった。

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