第10話

直治の容態は日々良くなっていった。


直治も紗代子の看護に安心している様子だった。

付き人の男性も、直治が紗代子に心を開いていることに驚きがあったようだ。


「若頭はあまり人には本心を出さないお方なんです。

あなたには違うようですね。」


「それは、私が看護師だからでしょう。私の言うことを聞かないと早く良くならないと脅していますから」

紗代子は冗談っぽく言った。


男性は微笑んだ。


紗代子が点滴を替えている時に、組の人であろう男性達がお見舞いに現れた。


今までのお付きの男性とは明らかに違った様子の人達だった。


直治は一瞬見たこともないような形相で男性達を見回し、紗代子に

「すまないが、席をはずしてくれないか」と言った。


紗代子は直治の様子が安定していることもあり、しばらく部屋から離れてることにした。


「何かあればすぐに呼んで下さい」

そう言う紗代子に直治は頷いた。


部屋を出た紗代子は、久しぶりに病院内にあるガーデンテラスに足を運んだ。


(あー、気持ちいい)

何日かぶりに外に出た紗代子だった。


24時間体制で部屋から出ることが出来なかった紗代子は、太陽を存分に浴びた。


(直治さん、やっぱり若頭なんだわ。

私の知らない世界の人)


さっき見た直治の形相と普段見ていた優しい直治が別の人の様に思えた。


このまま容態が良くなって、しばらくしたら直治も退院する事になる。

紗代子は少し寂しい気持ちが湧いていることに気づいていた。


ナースコールが鳴った。


紗代子は急いで部屋に向かった。


部屋には見舞いに来ていた男性達はもう帰っていた。

付き人の男性も部屋には居なくて、直治はベッドでゆっくりと何かの書物に目を通していた。


「もうよろしいんですが?」

紗代子は聞いた。


「ああ、すまなかった。」

直治はそう答え、紗代子にお茶を頼んだ。


「直治さん、容態も安定していますし、院長からしばらくしたら退院の許可が降りると思いますよ。」


紗代子はお茶を入れながら直治に話した。

背後を向いて話をしたので、直治がどんな様子でその話を聞いていたのか紗代子にはわからなかったが、直治からは何も返事はなかった。

紗代子はお茶を入れ終え、ベッドの横のテーブルに置いた。


直治は読んでいた書物を閉じていた。


そして、紗代子の顔をじっと見つめていた。


一瞬紗代子はドキッとした。

胸の高鳴りが強くなるのがわかった。


紗代子は急いでその場所から離れようとした。

しかし、直治は紗代子の腕を掴んだ。


「こんなにも自分が力を抜いて安心出来る居場所がある事に驚いている。私はこの居場所を、紗代子、君を離したくない」

直治はそう言うと掴んでいた腕を力強く引き寄せた。


「紗代子。」


紗代子は自分に何が起こっているのかわからなかった。


直治の顔を見ることが出来ない紗代子に、直治は彼女の顎を引き寄せ、唇を重ねた。

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