第61話

「美鈴さん、私は雄也さんとの結婚は望んではいません。私は全てを捨てて直治さんの側にいる為に此処に来ました。」

紗代子は真剣な眼差しで美鈴に向かって言った。


「私は昔から直治様をお慕い致しております。

組長から直治様の許婚と言われた時はどんなに嬉しかったか。

私の幸せを邪魔しないで。

この組のしきたりはお分かりになったのでしょう?直治様はいずれ組長に成られるお方です。私なら実家共々この組を支えていけるでしょう。」

美鈴は紗代子を睨みつけながら言った。


「直治さんの気持ちはどうなんですか?

私達は愛し合っています。」

紗代子も負けずに答えた。


「愛?」

美鈴は高らかに笑った。


「紗代子さん、貴方はどれだけ頭がお花畑なのかしら。愛だけでは何の力にもなりません。」


紗代子は見下された感じがした。


「愛なしでは添い遂げられないと思うが?」

後ろから声がした。


振り返ると雄也が呆れ顔で立っていた。


「美鈴、お前は直治の事だけ考えていたらいい。紗代子さんに余計な事を言うな。」

雄也は美鈴を叱り付けた。


「雄也様、雄也様こそ紗代子さんの事を離さない様に捕まえていて下さい!直治様の気持ちが揺らぎます」


「直治の気持ちが揺らぐ程お前はあいつを自分の方に向けられないのか?それも情けないもんだ」


美鈴は悔しそうな顔をして紗代子を再度睨みつけ去って行った。


「美鈴だいぶ苛立っていたな。あんな感じの娘じゃなかったんだが」


雄也は紗代子の横に並び、手に持っていた石コロを池に投げた。


「作法の勉強は難しい?」

雄也は紗代子の顔を覗き込んで聞いた。


「いいえ、大丈夫です。

それより、美鈴さん怒らせたみたいで。。彼女も直治さんが好きなんですね」


「あいつの初恋の相手が直治だからな」


紗代子は目を丸くした。


「小さい時に直治に助けられたんだと。美鈴にとっては王子様ってとこかな。直治はそんな気全然なかったみたいだけど」


そうなんだ。紗代子は妙に納得した。


「美鈴みたいにうちの組に嫁候補として躾けられた女性は沢山いるよ。ある意味可愛そうだよな」

雄也はため息をついた。


「私や直治はそんな女性ばかり見てきた。

だから紗代子さんがとても新鮮に見えるんだよ。

自分の意思をしっかりと持って自分の力で生きている女性にね。

それより、今日はもう終わったんだろ?今からドライブして夕食でも食べに行かないか?」


紗代子の返事を聞く前に雄也は彼女の腕を引っ張っていた。


「ちょっ、待って、」

紗代子は嫌がりながら腕を解こうとした。


その腕を違う力で奪い取られた。


「!」


「直治さん?」


直治は雄也を睨みつけながら紗代子の前に立った。


「お前、紗代子に近づくなって言っただろ!」


「自分の花嫁と話をしていて何が悪い」


「はぁ?ふざけるな!」


直治は後ろにいる紗代子に、大丈夫か?と心配そうな顔をした。


「雄也、紗代子と今から出かけるのは私だ。」


「直治さん、組の用事は済んだの?」

紗代子は若頭の仕事もフネに聞いていたので、直治に訪ねた。


彼は頷いて雄也の見ている前で彼女にキスをした。


冷静沈着な雄也の顔が怒りで震えているのが分かった。


「直治、美鈴の事も少しは考えろ!彼女はお前のせいで紗代子さんに暴言を吐きに来たんだぞ!彼女をこれ以上悲しませるな」


「本当なのか?」

直治は紗代子に聞いた。


「あ、でも私も愛してるって言った」

その言葉に直治は大笑いした。


「それでこそ私の紗代子だ」


雄也はこの屋敷の中では彼に突っかかってはこない。口論にはなってもやはり立場が違うのだろう。


雄也を尻目に

二人は手を握りながら屋敷の敷地内を歩き出した。


温かくて男らしい手。

直治さんが好き。。


紗代子はどんなに反対されても彼と一緒にいたいと強く強く思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る