第58話

雄也さんの私への気持ちは狂っている。

紗代子は心の中でそう思った。


彼女もまた、雄也の扱いに慣れてきていた。

強引に逃げれば逃げる程彼は更にヒートアップしてくる。


彼女は雄也のキスを半ば受け入れた。


彼は嬉しそうに更に紗代子を抱きしめた。

強引だった腕や唇が優しくなっていった。

どのくらいそうしていただろうか。

紗代子から静かに体を離した。

雄也は満足気に彼女を見つめた。


「フネさんに挨拶をしてきます。それから美鈴さんにも」


「私も一緒に行こう。君がこの屋敷に住むなら私もここにいる事にしたんだ。どんな時でも君を守るって決めたから」

もう何を言っても雄也には私の気持ちは届かないのだろう。


紗代子の心は虚しくなっていたが、今は雄也をこれ以上怒らせないようにしようと一緒に部屋を出た。


フネがいる女中部屋に向かい、彼女や他の女中達にも丁寧に挨拶をした。


フネは雄也が紗代子の側にいる姿を見て言った。

「雄也様、これからお嬢様に色々お教えしなければならない事が沢山あります。

慣れない作法でお疲れが出るやも知れません。

できれば離れのお部屋で1人ゆっくりと過ごす時間も必要かと存じます。

一緒にいたい気持ちは充分わかりますが、ここはフネに任せて頂けませんか」

彼女は雄也に頭を下げた。


雄也は参ったなあという顔をしてフネのいう事をすんなり聞き入れた。


(フネさん凄い)

紗代子はびっくりして目を丸くした。


「紗代子の部屋には確かまだ何も用意されてなかったね。私が居心地の良いように色々揃えよう」

「大丈夫ですよ。旦那様の要望で揃えさせて頂きました。」

フネは即座に返答した。


「そっかー、まあ仕方ない。

結婚したら一緒に色々な物を揃えよう。フネ、私からは部屋に花でも飾っておいて貰えるかな?」


「かしこまりました」


雄也はフネに紗代子を託すと女中部屋を出ていった。


(はあー)

紗代子はやっと彼が居なくなり大きく安堵した。

その姿を見ていたフネや女中達はクスッと笑った。


「お嬢様も大変ですね。2人の男性から言い寄られるなんて」


屋敷内では、この事は噂になっているようだった。


「雄也様も直治様もあまり女性には見向きもなさらなかったから皆んな不思議がっているのです。お嬢様がどんな方なのか興味深々です」

若い女中が紗代子に言った。


「お嬢様のお部屋、実はもう直治様が不安がらないようにと一式揃えていらっしゃいます。花束も沢山。

これで雄也様の花を置いたら足の踏み場もなくなってしまうんじゃないかしら」


女中部屋から笑いが溢れた。

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