第54話

直治は雄也を睨みつけた。

お前を信じて紗代子の元に行かせた挙げ句、彼女を好きになっただと?

その事で紗代子をどんなに苦しめていたと思っているんだ。


「雄也か、久しぶりだな。何をしに来たんだ?

いつもは顔さえ見せないお前が」

組長は不思議そうに雄也に向かって言った。


「組長、お久しぶりで御座います。

私を覚えていて頂けた事、嬉しく思います」

雄也は顔色を変えずに冷静に答えた。


部屋のドアを閉めて組長の側まで近づくと、直治の横に座っている紗代子を見た。

愛しさと憎しみが混じった様な顔だった。


紗代子は雄也の怒りを感じて真っ青になった。

雄也が用意した長野のホテルを飛び出し、今ここに直治と座っているのだから。


3人がどういう関係になっているのかまでは組長も知るよしもなかった。


「私も話の中に入ってもよろしいでしょうか?紗代子さんは私の結婚相手なので」


雄也の言葉に直治は怒りがこみ上げてきた。


「ほう?紗代子さんはお前の相手なのか?

それは面白い」

組長は滑稽だと言わんばかりに笑いだした。


「いいだろう。しかし今この2人から結婚の報告を聞いていたのだが、どうやら勘違いをしていたのか」

組長の許可を得た雄也は、紗代子の横に腰を下ろした。


「雄也、お前は勝手な事ばかり言いやがって。

お前を心底信じていた自分が情け無い。

紗代子の気持ちを考えずに彼女を私から遠ざけ、屋敷まで乗り込んでくるとは正気の沙汰か?」


「直治、お前には組長が決めた正当な許婚がいる。紗代子さんはお前と結婚しても幸せにはならない。

何度でも言う。紗代子さんは諦めろ。私は彼女を愛しているし私なら彼女を幸せに出来る」


雄也は冷静に答えた。


「なるほど。雄也はこの組の事をよく理解しているようだな。其れでこそわしの息子だ」


組長の言葉に一瞬雄也の眉が動いたように見えた。


「紗代子さん、雄也との結婚は大賛成だ。

わしも祝福しよう。

盛大な式を用意しようじゃないか。

2人にはわしから離れの屋敷を用意させよう」


「ありがとうございます。2人でイナス組を影ながら支えて参ります」

雄也は組長に頭を下げた。


「何をいっている!紗代子は私の伴侶になるんだ。勝手に話を進めるな。それに紗代子はお前ではなく私を愛している!」


直治は大声で叫んだ。


「直治、もうこの話は終わりだ。

雄也と紗代子さんの式の設定はわしが決める。雄也にもいずれ許婚を考えねばと思っていたが、冷静な雄也がここまで言い切る相手だ、わしも反対はせぬ」


「待ってください組長!私は。。」

紗代子が言葉を発した途端、組長は彼女を睨みつけ

「組では全てを組長であるわしが決める。女性の意見など聞く事は無い。それがしきたりだ」


紗代子はその言葉を聞いて愕然とした。

院長がどうしてあんなに私を心配していたのか今まさに理解したのだった。

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