第73話

若葉はワイシャツを元を戻した。

この人はどこかの組の人なのだろう。

亡くなった母にも兄にもヤクザには関わらずに生活して欲しいと言われて生きてきた。


この人を助けてしまっていいのだろうか。。


しばらく考え、若葉は濡れた服を脱がせた。

ホットタオルで綺麗に体を拭くと、部屋に置いてある直人のワイシャツを着せた。


私は看護師なんだ。

迷う事なんて何もない、この人は病人なのだから。


この時はただ看病する為だけを考えていた。

彼を助けた事によって彼女の人生の歯車が狂い始めるとは、この時は思いもしなかった。


熱以外に所々に打撲を負っていた彼の体は、見ているだけで痛々しかった。

高熱でうなされる手を握りしめて、大丈夫だからと何度も汗をふきとった。


夜勤明けで疲れている若葉は、彼の側に寄り添いながらその日は座りながら寝てしまっていた。


寒さでふと目が覚めた彼女の背中には毛布がかけてあった。

ベッドには彼の姿がなく、若葉は周りを見回した。

洗面所からふらふらしながら現れた彼を、びっくりした顔で見つめた。

「あの、もう大丈夫なんですか?」

若葉は声をかけた。


「。。あんたが看病してくれたのか?

すまない、あまり覚えてないんだ。」

まだ本調子では無い彼の様子を見て、腕を引っ張りベッドに横になる様に促した。

そしてお粥を作ろうとキッチンへ向かった。


「あなた、大雨の中倒れていたんです。病院は嫌だと言うから私の家に連れて来たんです。

あ、安心して下さい。

私これでも看護師だから」


「そうか。。」

着ている服が違う事に気づいたのか、不審そうな顔をした彼を見て


「あ、服は乾かしています。その服は兄のがあったから」

若葉は慌てて付け加えた。


お粥を作り終わると、ベッドの側の椅子に腰をかけた。


「一緒に食べましょう、私もお腹すいちゃった。」


彼はあまり食欲が無いようだったが、少しずつお粥を口に含んだ。


「美味い!」

そういうや否やよそったお粥を完食してしまった。

子供の様に食べる彼を見ていると、なんだかとても可笑しくなってくる。


「私、若葉っていいます。あなたは?」


「俺は拓也。若葉は看護師で料理も美味いのか」

彼はニコッと笑った。


ドキッ

あまりにも爽やかに笑う拓也に、若葉の顔は真っ赤になってしまった。


その時、玄関からインターホンが鳴った。

その場を逃げるように玄関先に行き来訪者を見ると、なんとタイミングが悪く直人が立っていた。


大変!家の中に男の人がいるってわかったら兄さん何するかわからない!


若葉の顔か真っ青に変わった。


「どうした?」

いつまでも玄関を開けようとしない彼女を見て、拓也は不思議に言った。


あんたがいるからだろ!


そうも言えない若葉は玄関先で呆然と立ち尽くしていた。


ベルが鳴り終わると外から鍵で開けようとしている音がした。

もう無理だと観念した若葉は、自分からドアを開けた。


「こんばんはお兄様。。」


玄関先で睨みつけている直人。

若葉を振り払い部屋の中に入ってみると、キッチンでコーヒーを入れている拓也の姿を凝視した。


「。。お前は此処で何をしている?」

声のトーンがかなり低い。


拓也はコーヒーを入れるのを止め、直人を見つめた。

彼に睨まれると誰もが恐れるはずだが、拓也は不思議にも動じる気配は全くない。


これには若葉自身驚いた。


彼は直人を睨み返す訳でもなく、


「貴方がお兄さんですか。

若葉さんには命を助けて頂きました。」

そう言うと、深く頭を下げた。

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