第55話・王都の夜とコータの夜

 王都の一角にあるその屋敷では、夜更けにもかかわらず紳士淑女たちが夜会を楽しんでいた。


 贅の限りを尽くしたその部屋は屋敷のティールームになる。


 薄暗い照明と甘い香りのするお香が焚かれていて、全員仮面を付けている。年齢は十代半ばから還暦を超える者もいるだろう。


 特定の貴人だけが集まることを許された夜会だった。


「ゴルバが殺されたと聞いたが?」


「愚か者には相応しい末路だな」


 中でも部屋の中央奥にある、白く輝く大理石のテーブルに座る壮年の男性と彼の周りを囲む者たちは別格である。


 この日話題の中心となっていたのは、この国ばかりか近隣諸国をも股にかけて荒らしまわっていた盗賊スレイプニルのゴルバのことだった。


 彼らはゴルバがいつ誰に退治されるか賭けていたようで、渋い顔をしている者もいる。


「しかし退治したのがワルキューレとはな。サウスランド侯爵がまた出しゃばるな」


「運も実力のうちだよ。ミスター」


「わかってはいる。いるのだがね……」


 侯爵の庶子であるアナスタシア率いるワルキューレが名うての盗賊を退治したことは、すでに王都では知らぬものなどいない。


 ここで王都を訪れれば一躍時の人となるのだが、肝心のワルキューレにその気はない。何事も利点と欠点はあるものだ。名が売れる利点と欠点。ワルキューレは欠点が大きいと判断したのだろう。


 数人の紳士はワルキューレの名とサウスランド侯爵の名に苦虫を噛み潰したような表情を見せるが、中央の壮年の紳士は表情を変えず窘める。


 貴族社会にもルールがある。本人がいない夜会で陰口を叩くのはあまり褒められたものではない。いつどのような形で本人の耳に入るかわからないことは口にしないのが暗黙の了解だった。


「それより審議官のマイラル男爵が粗相をしたとか」


「あの男は女とギャンブルで借金地獄だったからな」


 まるで血のように真っ赤なワインを口にした若い紳士は、話を変えるようにとある審議官の話を口にした。


 驚きはない。いつかこうなると思っていたと言えばそれまでだ。


「陛下はお怒りだ」


「若いな。いや、陛下はアナスタシアにご執心だったからな。それでか?」


「あの娘が陛下に嫁ぐなどありえん。本人がさっさと貴族籍を放棄して庶民になったのが答えだ。籠の中の鳥など御免ということであろう」


 ただ問題は少し複雑だった。


 現国王陛下はまだ二十歳であり先年に戴冠を済ませたばかりだったが、アナスタシアと面識がありなにやら仔細があるらしい。


「社交界でもあの美しさは、引く手数多だったのだがな」


「あの侯爵にしてあの子ありということか」


 すでに住む世界が違う存在となったことを惜しんでいた。華麗な王侯貴族に憧れる者は貴族庶民問わず多いが、あっさりとその地位を捨てる者も決して珍しくはない。


 レベルという概念と個人の実力さえあれば国家権力ですら対抗できるこの世界では、自由な力と世界に憧れる者は相応にいる。


 むろん本当の自由と力を手にする者はごく一部であるが。


「貴族というのは恵まれているようで、なにもできないからな」


 その日食べるパンすらない者からすると、ふざけるなと怒るかもしれない。


 しかし貴族の中の貴族と言える者たちからすると息苦しさを常に感じている。


 故に貴族を捨てて成功しているアナスタシアなどには、羨望の眼差しを向けることが多かった。


「あの美しさを得る男は誰であろうな」


「あれならすべてを捨てても……」


 かれらもまた貴族という籠の中の鳥であり、自由に大空を舞うかつての籠の中の鳥を時が過ぎるのも忘れて懐かしそうに語り明かしていく。






「……」


 夜も更けた深夜だ。まだ夜明けは先だろう。


 ふと息苦しさに目を覚ましたら、目の前が真っ暗だった。


 感じるのは人の体温と、顔を包むような柔らかな感触だ。


「今日はコータが捕まったね」


「リーダー抱きつき癖があるんだよねぇ」


 ふと聞こえてきたのは、テントの外から聞こえる見張りをしているワルキューレの仲間の声だ。


 実は今日はふたつあったテントのうち、ひとつを少年少女たちに貸したんだ。彼らはテントも寝袋もなかったからね。


 本当は男性と女性でわかれて使いたかったんだけどなぁ。


 知らない人と寝るのはあまり良くないとみんなが主張したので。私と精霊様たちがいつもワルキューレのみんなに貸している大型のテントで寝ることになったんだ。


 それが気付いたらアナスタシアさんの胸の谷間に挟まれて寝ていました。


 いかん。抜けださねば。気持ちはいいが、少々息苦しい。それに嫁入り前の女性とこんな形で寝るのはダメだ。


「あれ? コータ。起きた?」


「はい」


「抜け出そうとしても無駄だよ。リーダー離さないから」


「えっと……」


 もぞもぞと抜け出そうと試みていると、開いているテントの入り口から見張りをしていたフランさんが気付いて声を掛けてきた。


 ソフィアさんと同じ魔法使いで水と風の魔法が得意だと言っていた。明るい性格の天然っぽい女性だ。歳は確か十六歳だって言ってたような。


「隣に寝るとどっちかが抱かれるのよね。同じ女だと困るけど、コータならラッキーだしいいね」


「いや、だめですよ。嫁入り前の女性とこんな形で眠るなんて」


「堅いこと言わない。言わない。あっ、我慢できなくなった? お姉さんが楽にしてあげようか?」


「違いますよ」


「コータ。そこで戸惑うことなく否定すると、お姉さんもリーダーも傷つくよ?」


「???」


 意味がわからない。紳士的な対応をしているはずなのに。


 セクハラになると駄目だろう。見た目は子供でも同い年くらいのゲル君たちはちゃんと男女で適切な距離をとっているんだよ?


「コータさ。女の子とイチャイチャしたいとかないの? そのくらいの歳だと普通は頭の中が女の子のことでいっぱいでしょう?」


 なんと答えたらいいんだろう。


 欲求として求めるものがないといえば嘘になる。ただ、前世の元妻の記憶がよみがえると怖くなるし、ひとりでもいいような気もしてくる。


 前世のこと話そうか? いや、嫌われたくはない。せっかく仲良くなって一緒にこうして旅をしているんだ。いい友達でいたい。


 中身が八十過ぎの老人だと知られると嫌われるか避けられるか。


「んん……」


 あっ、なんて答えるか悩んでいたら、せっかく抜け出せそうだったのにアナスタシアさんに捕まってしまった。


 私は、みんなを騙していることになるんだろうか?


 なんかフランさんに言われたことが頭に残り、眠れなくなった。




 結局、朝まで眠れなかった。


 起きたアナスタシアさんにくっついていてごめんなさいと謝ったが、不思議そうな顔で微笑まれて終わりだった。


 アナスタシアさんは特に気にしてないというかご機嫌なようだ。いい夢でもみたんだろうか。


 野営地では夜明けと共に商人や冒険者に旅人が出発しているが、餓狼野郎さんたちは目的地が同じということでしばらく一緒にいくことになった。


「旅は楽しみね~」


「お昼はなにかしら?」


 それと森の大精霊様と海の大精霊様も何故か一緒に行く気満々だ。


 パリエットさんが緊張した様子で大人しい。まるでお偉いさんと一緒に旅行する新入社員みたいだ。


 アナスタシアさんの実家のある侯爵様の町まであと二日。


 賑やかな旅になったなぁ。


 旅は道連れ世は情けっていうんだっけ? こういうの。



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