第61話・財宝の謎

「どうだ?」


「はい。結構な品が山ほどあります。ただ気になるものも数点あります」


 コータが朝から騒動を起こしたその日の夕方、侯爵邸にある侯爵の執務室では王国でも名のある鑑定士がゴルバの財宝鑑定の途中経過を報告していた。


 古くはすでに滅んだ国の財宝から、過去の名のある芸術家の美術品など本当に様々である。


 鑑定士は高レベルの鑑定スキルがあるが、それにしても数が多すぎて数日では鑑定が終わらないレベルだった。


「なにか危険なものがあったのか?」


「まあ、危険なものもあるようですが、別の意味で危険なものが……」


 言いにくそうな鑑定士に侯爵は訝しげにしつつも単刀直入に問うと、鑑定士は恐る恐る説明する。その内容に侯爵の顔色が変わる。


「つまり、本来は王国の宝物庫にあるべき物かもしれない財宝があると?」


「はい。あいにくと私も拝見したことがないので、はっきりとは申せませんが……」


 鑑定士の話は衝撃だった。大量の金銀財宝はゴルバが集めたものだとばかり思っていたが、もしかすると宝物庫にあるはずの王国の財宝が紛れ込んでいる可能性があるとなると話が変わる。


「あれを狙って闇ギルドが動いている。エルフ殿とホワイトフェンリル殿が護衛してくれたおかげで難を逃れたがな」


 実は闇ギルドの密偵がワイバーンの一件のあとも、従魔を用いてコータとワルキューレたちを尾行していたことを侯爵は掴んでいる。


 ホワイトフェンリルのアルティが召喚されたあとも同行したのは、そんな不穏な気配を察知したからでもあるし、森の大精霊もそれは同じだった。


 コータが知らなかったのは、コータの連れている精霊たちの探知能力の外からだったからである。


 闇ギルドも精霊使いであるエルフの対策はそれなりにあって、通常の精霊のおおよその探知範囲くらいは知っていた。


闇ギルドは隙を狙っていたのだが、ワルキューレの経験とコータとパリエットの精霊の数が尋常ではないので隙はなかったのだ。


 それとワルキューレがほかの旅人と離れてキャンプしていたことも地味に影響している。不特定多数の旅人や冒険者が近くにいれば紛れ込めるが、ほかの旅人と離れてしまっては精霊の探知範囲に入れなかった。


 町に入っても高級な宿屋に入ったので近寄れず、初めてのチャンスだと思ったらホワイトフェンリルのアルティが召喚されてしまった。


「私にはなんとも言えません。ただ鑑定するのみです」


「お前も巻き込んでしまうな。すまない。ことが済むまで我が家に滞在してくれ。報酬は十分に払う。それとお前の家族には護衛を密かに配置するように手配する」


 ただ鑑定士の言うように、王国の宝物庫にあるはずの財宝があるとすれば、ゴルバはただの盗賊ではなかったことになる。


 それは鑑定した鑑定士の命も危ういほど厄介なことだった。




「厄介なことになったな」


 鑑定士には引き続き鑑定をさせると、侯爵は鑑定士の家族に護衛を付けるように部下に指示を出してひとり考えこむ。


 昨夜聞いたが、あの財宝はスレイプニルが掘り返して教えていたという。つまりゴルバは持っていなかったのだ。


 ゴルバにはなにか裏があるのはすでに多くの関係者が気付いているが、王国の財宝が盗み出されていたとすれば、更に厄介なことになる。


 流出経路と流出させた犯人が王国の中枢にいる可能性すら浮上した。それはゴルバと王国中枢が繋がっている可能性が浮上してしまったのだ。


 下手にこれを報告すれば侯爵ですら疑われかねないほど厄介なことだった。敵が誰かわからぬ以上は、迂闊に動けない。


「血が騒ぐな」


 かつては一介の冒険者として名を売っていた侯爵である。彼本人としてはこんな事件はむしろ燃えるタイプだった。


 とはいえ侯爵という立場からみれば、関わってもあまりいいことがないのは明らかだった。


 王国の闇を掃除したとて影響が大きいとあちこちに恨まれかねない。それが本当に悪なのか、王国のための必要悪なのかすらわからないのだ。


「娘たちには当面ここにいてもらうか」


 あとはこのことをどこまで娘たちに話すかだ。とりあえず鑑定を終わらせることと、バレないように背後関係と闇ギルドを調べるしかない。


 それまでは知らせないことにした。知れば危険に巻き込むかもしれない。冒険者としての危険ではない人の闇の危険なのだ。


 若い娘たちをなるべくはそこに近づけたくないのが、侯爵の親心だった。






「あら、その本。面白い?」


「はい。以前大精霊様に聞いたお話との違うところとか面白いです」


 いつの間にか窓からは夕日が差し込んでいる。アナスタシアさんに声を掛けられた私は、本に栞を挟んで体を伸ばす。


 朝から怒られちゃったし、今日は侯爵様のお屋敷にあった本を借りて精霊様たちに読んで聞かせていたんだ。


 お話ではルリーナ様は子供の神様になっていて、ほかの神様が邪神と戦っている最中にルリーナ様だけがみんなに守られている。そんな感じのお話だった。


 一緒にいた大精霊様の話ではだいぶ真実と違うらしいが、長い歴史の末では仕方ないと言っていた。


 ルリーナ様は神様たちや竜族、エルフ族、ドワーフ族など様々な種族を説得して仲間にしていく役割だった。


 割と出番が多かったなという感じ。


「私はその本を信じていたのよね。教会でも同じことを教えているわ」


「真実は同じでも見た者によって見えたものは違うわ。人族はよくあの歴史を伝えたと思うわ」


 私の目の前のソファーに座ったアナスタシアさんは、少し苦笑いを浮かべていた。神話のお話と大精霊様の話がかなり違うからだろう。


 ただ、大精霊様はそんなアナスタシアさんにも優しく微笑んでいる。


「あら、その本……」


 さて、そろそろ夕食だろうと私は借りてきた何冊かの本を片付けようとまとめるが、アナスタシアさんはその中の一冊の本に興味を示した。


「ああ、ちょっと読んでいて恥ずかしい本ですね」


「えっ、読めたの?」


「はい。知らない言語でしたけど」


「……それ、解明が一部しか進んでない古代文明の文字よ? 今は読める人がいないという」


 その本はとある男性の愛の詩集だった。ただひたすら女性への愛を綴った読むほうが恥ずかしくなる本。


 精霊様たちは何故か爆笑していたが。


 これ、古代文明の本だったのか。しかも解読が進んでないって。


 ……? あれ、なんで私は読めるんだ? 女神様からもらったスキルのおかげか?


「というか、それそんな内容なの? 古代魔法の本じゃないの?」


「はい。古代の魔法使いが、片思いの相手にストーカー紛いの覗きをして書いたちょっと危ない本です」


 アナスタシアさんは一瞬またかと頭を抱えたが、気を取り直して本の内容について聞いてきた。


 正直、この本の作者はストーカーだと思う。片思いの人を毎日魔法で覗いて愛を綴った危ない本だ。


 そんなことを教えると、アナスタシアさんは初めて見るような嫌そうな顔をした。


「それ、古代魔法を記した写本として有名な本よ。魔導士協会ではそれを数百年も研究しているんだけど……」


「覗き魔法のことは書いていますよ」


「……コータ。その本は読めなかった。いいわね?」


「はい」


 確かに魔法のことは書いてある。変態魔法使いが覗き魔法の使い方や効率を熱く語っているからね。


 アナスタシアさんにそのことを説明すると。本をまるで汚物でも見るように見つめて封印することにしたらしい。


『パンパカパーン。マナ魔法スキルを習得しました! おおっ、これは失われた古代魔法ですよ。とっても便利な魔法があるんですよ。遺跡にも行ったのかな?』


 そんなアナスタシアさんのちょっと冷たい視線に反応したわけではないだろうが、スキルを獲得したという女神様のアナウンスが聞こえた。


 古代魔法って、覗き魔法? 女神様。残念ながら封印です。


 だって、アナスタシアさんが恐いんです。


「コータ、覗きはダメだからね?」


 うん。アナスタシアさんは私が使えることを半ば確信している。


 笑顔で警告されたので素直にうなずいておいた。


 言われなくてもそんなことしないけどね。






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