第62話・コータの休日

 翌日も特にやることがなかった。働こうとか魔法や戦闘訓練をしようかと思ったんだけど、数日は休みなさいとパリエットさんにまで言われちゃったんだ。


「こーた、できた?」


「おいしそう」


 正直私は休みってなにをしていいかわからない。前世では休日は洗濯や掃除などの家事をして終わったし、歳を取ると体がきつくなり寝ているだけの日々だった。


 特に定年退職の前後からは病気がちとなり、入退院を繰り返していただけだったしね。


 いろいろ考えた末にお世話になっている精霊様たちやワルキューレの皆さん、それと侯爵様のお屋敷の皆さんに食事を作ってあげることにしたんだ。


「まだまだ、これからですよ」


 大量にあるワイバーンの肉の下処理など、時間のかかる作業が存分にできるからね。


 侯爵様のお屋敷の厨房を借りて、精霊様たちと一緒にのんびりと料理をしている。


 メニューはラーメンだ。スープはワイバーンの骨と以前倒したシルバーボアの骨と野菜から取っている。知識の精霊様いわく煮込むとダシが出るらしい。


「コータ。ワイバーンの骨って武器の材料なんだけど……」


「コータはなんでも食べちゃうね」


 こんなこともあろうかと、あの時ワイバーンの骨も少し貰っていたんだ。戦士であるベスタさんと魔法使いであるソフィアさんが唖然としているが、気にしない気にしない。


「美味しいダシが出そうなんですよ」


「……そうかもしれないけどさ」


 ワイバーンの肉でチャーシューも作る。麺とメンマの手作りは無理だから日本のモノだ。


 麺はラーメン屋さんが使うプロの麺があったので、それを取り寄せてある。


「夕食には間に合いますよ。楽しみにしていてください」


 朝早くから調理しているが、完成はたぶん夕方だと思う。ワイバーンの骨は圧力鍋で煮てるけど、それでもそのくらいかかるらしい。知識の精霊様が言うには普通に煮ると何日もかかるんだって。




「コータ、プールで遊ぼうよ!」


 そのまましばらくすると斥候のアンさんがプールに誘ってくれる。嬉しいけど私は鍋を見てないと。


「大丈夫だって。それ煮込むだけでしょう? シェフに任せてさ」


あ~ぁ、アンさんは強引に私の後ろで控えて見ていた料理人さんになべをお願いと言うと、私を担いで強引に連れていっちゃう。


 体が小さいから抵抗もできないや。


「すごいですね」


 そこは広いプールだった。学校のプールより広いんじゃないかな。すでにワルキューレのみんなと侯爵様の奥さんたちにスレイプ君とホワイトフェンリルの親子が入っている。


 全員女性です。ちょっとピンチな予感。侯爵様はいないんだろうか?


「お父様は仕事よ」


 見渡していることに気付いたアナスタシアさんに聞く前に教えられた。読心術でも使えるんだろうか?


「コータ君。可愛いわね。私と結婚しようか?」


 うおっ!? 突然後ろから抱きあげられたと思ったら、うさ耳のお姉さんに結婚を申し込まれた!? ピクピクとうさ耳が動いている。


 この人、侯爵様の奥さんなのに……。


「ミメット様。ダメですよ」


 おおっ、アナスタシアさんが助け船を出してくれた。さすがだ。


「コータはあげません」


 違う。そうじゃない。ああ、アナスタシアさんも手を引っ張らないで。精霊様たちも面白がって髪とか頬を引っ張り出しちゃったじゃないか。


「がる!」


「がる!」


 仔フェンリル君。君たちもですか。


 その後、誰が誰だかわからないほど、揉みくちゃにされました。精霊様たちが楽しげに笑っていたのが救いだ。


 でもまあ……正直、悪い気持ちはしなかった。やましい気持ちはなかったよ。本当だからね。


「お前ら……人が仕事をしているというのに……」


 なんとか揉みくちゃ地獄というか天国から脱出したけど、見上げると侯爵様が額に青筋を浮かべて仁王立ちしていた。


「あら、アナタだって先日若い子と遊んでいたでしょう?」


「結婚する時の契約よね? 互いに恋愛の邪魔をしないって」


「ぐぬぬ……」


 いかん。私を挟んで夫婦喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。危険だ。精霊様たちも避難している。私も避難しなくては。


「あらあら、困った人たちね」


「あっ……」


 そっと逃げ出したら、今度はアナスタシアさんのお母さんに捕まった。いや、抱きしめるのはやめてください。胸で息ができません。


「いいんですか。止めないで? そもそも不倫になるのでは?」


「あら、コータ君。面白い言葉知っているわね。でもそんな古にあった価値観、今はないわ」


 本当に窒息しそうだったが、なんとか解放されるとお母さんは気になることを告げていた。古い価値観?


「それ、昔の貴族にあった価値観よ。結婚したら互いに伴侶のみとしか愛し合うことをしてはいけないっていうのは。今でも厳密に守っているのは王家くらいかしら? おかげで王家に嫁ぎたい人がいなくて困っているみたいだけど」


 なにそれ。そんなことしたら子供が出来たらこまるんじゃ……。第一家族が崩壊するような?


「今は契約がすべてよ。互いに結婚する時に契約するの。条件とか。ウチは旦那様が恋愛は自由だって言って結婚したから」


「でも、子供が出来れば……」


「子供の父親は教会で調べられるのよ。それに跡継ぎと子供ひとり生まれるまでは互いに恋愛もしないって契約だったしね」


 なんか異世界の価値観ってよくわからない。


「愛の形なんて人それぞれよ。というわけで、私とあっちでゆっくりお話ししましょうね」


「……お母様」


「あら、アナちゃん」


 異世界の不思議な恋愛事情に考え込んでいたが、そのままお母さんに手を引かれてどこかに連れていかれそうになった。


 しかしその時、夜叉がいた。いや、笑顔だ。見間違いか?


「くっ、コータ! やっぱり勝負だ!!」


 お母さんからアナスタシアさんのところに戻った私は、プールサイドで侯爵様と奥さんたちの夫婦喧嘩を見ていたが、どうも圧倒的に侯爵様が不利らしい。


 困った侯爵様は矛先をこちらに向けるが、それはやめてほしい。私は悪くない。


「ひひーん?」


「ふむ、そろそろ体を動かしたかったところだ。面白い」


「ちょっと待ちたまえ! 何故、スレイプニルとホワイトフェンリル殿が出てくるのだ!」


 断固拒否だと断ろうとしたが、そんな私より先にスレイプ君とホワイトフェンリルのアルティさんが侯爵様の前に立ちはだかった。


 二人ともダメだって。


「知らぬのか? コータは我らが主だ。代わりに戦っても問題あるまい。弱い者をいたぶるのは趣味ではないが、侯爵殿ならば楽しめそうだ」


「ヒヒーン!!」


「まっ、待ちたまえ! エルフの守護幻獣であるホワイトフェンリル殿とスレイプニルをひとりで同時に相手など出来るか!!」


 スレイプ君は遊んでくれるのとでも言いたげな顔で侯爵様をみていて、アルティさんは侯爵様と戦えるのが楽しみみたいな感じだ。


 ただ侯爵様は無理無理と顔を引きつらせている。


「謙遜するな。侯爵殿は強い。主にその力を見せてやりたいくらいだ。我らで不足なら精霊様たちの力も借りるが?」


「ぼくたちもおてつだいするの?」


「うーん。しなくてもいいんじゃない?」


 アルティさん。私のために侯爵様と? でも精霊様たちはさすがにそこまでする気がないみたい。まあアルティさんが頼めば協力はしそうだけど。


「くっ、今日は引き分けにしておこう! だが、娘も妻もやらんからな!!」


 侯爵様。なぜ私にそれを言うのですか? しかもまるで物語の悪役みたいなセリフを。


 あとで謝りにいかないと。お世話になっているのに。


 うーん。日本のお酒でも取り寄せてお詫びに持っていこう。




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