第63話・コータ、ラーメンを振舞う
侯爵様のお屋敷に夕日が差し込んでいた。
結局プールで遊んで一日が終わってしまった。たまにはこんな日があってもいいなと思う。
「ほう、これは麺か。なかなか美味そうではないか」
お屋敷のダイニングでみんな揃っての夕食だ。メニューは醤油ベースのラーメンと先日のビッグクラブという巨大カニを使ったカニチャーハンに、だいぶ前に使ったシルバ―ボアという銀色の猪の肉を使った餃子だ。
お屋敷の料理人の皆さんにも手伝ってもらってなんとか完成した。さすがに本職の人たちだね。手際がよくて見習いたいよ。
「口に合うといいのですが……」
侯爵様も興味津々な様子でラーメンを見ている。侯爵様は箸を使わない文化の人なのでフォークで食べるようだ。
そうそう侯爵様といえば、さっき勝負だとか娘と嫁はやらんと言われたが、夕方に仕事を終えて再会した時は普通に笑顔だった。
相変わらず嫁にはやらんとは言われるが、笑い話のように言われるだけでネチネチとした感じもなく根に持つこともない。
モテる男とはこういう人のことを言うのだろう。
「おおっ、これは美味い! 初めてだ!!」
うん。パスタのようにクルクルと巻いて食べた侯爵様は予想以上に喜んでくれた。
「ワイバーンの骨からダシを取ったんですよ。お肉もワイバーンです」
「味について文句はないが、他所では食えんな。ワイバーンの骨は武具に使う貴重な素材だ。ドワーフなどが知ったら卒倒するぞ。肉は……、どうすればあの臭い肉がこれほど美味くなるのだ?」
ほかの皆さんも美味しいといって食べてくれている。ただ材料を教えると侯爵様は複雑そうな顔をしたが。
みんなにも言われたが、ワイバーンの骨は軽くて丈夫なので武器や防具の素材として人気らしい。ラーメン一杯が、金貨何枚になるかわからないものになってしまった。
「こっちのお米の料理も美味しいわ」
「本当ね。似た料理を前に食べたことあるわ。でもこんなに美味しくなかった」
侯爵様の奥さんのみなさんにも好評だ。正妻さんやアナスタシアさんのお母さんはお米を知っているばかりかお米の料理も知っているみたいだ。さすがに身分のある人は違うね。
「こーた、おかわり!」
「ぼくも!」
私は自分でも食べつつ、精霊様たちのお世話もするのが仕事だ。メイドさんとかいるんだけどね。精霊様が見えるのは私以外ではパリエットさんとお姉さんだけが辛うじて見えている程度だ。
ふたりも明確な姿まで見えなくて声はまったく聞こえないらしい。
ただメイドさんが側にいて頼めば精霊様の分を運んできてくれる。私はそれを精霊様たちに渡すだけなんで、助かっている。
味は鶏がらととんこつのダブルスープだ。醤油タレも濃厚な味に負けていない。美味しいな。ラーメンは前世から好物だったんだ。
男が一人で入れる飲食店といえばラーメン屋さんとか牛丼屋さんとか。たまの贅沢でチャーシュー大盛りのラーメンを食べるのが、嬉しかったな。
少し人目が気になるけど、ズルズルと一気に麺をすする。ちなみにお箸を使っているのは私と大精霊様たちだけだ。
話を聞くと東方には同じようなお箸の文化があるらしいが、このあたりでは使うことがないらしい。
大精霊様たちは普通にお箸を選んでいた。長い時を生きているみたいだし、年の功というところなんだろう。
「そっちの食べ方が美味しそう」
私と大精霊様たちがズルズルと一気に麺をすすると、ほかの皆さんが驚いたように見ていた。
特にパリエットさんは真っ先に反応してしまいお箸を欲しがったので、私の持っているお箸を貸してあげるとお箸でラーメンを食べ始める。
お箸の持ち方が少しぎこちないが、ラーメンをズルズルと一気にすすると表情がぴくっと変わった。
「こっちのほうがいい」
パリエットさんのその一言がきっかけとなって、侯爵様たちを含めたみんながお箸を求めたのでお客さん用の割り箸を貸してあげることになってしまった。
でも気取った様子もなく、ズルズルとラーメンをすするのは見ていて気持ちがいい。
全員スープまで飲み干して完食してくれたのが、なにより嬉しいね。
「ほう、これは美味い」
食後は侯爵様にお酒をプレゼントした。ウイスキーだ。侯爵様に安いお酒にするわけにいかないから、奮発した。
奥さんたちとワルキューレのみんなに精霊様たちも含めて配ってくれたので、五本ほどあげたウイスキーが一回でかなりなくなったけど。
「本当ね。こんな美味しいお酒、初めてだわ」
うん。日本のウイスキーは異世界の人でも美味しいんだね。正妻さんも思わず驚いた表情をしている。贈り物に今後も使えそう。
「アドリエンヌは先代陛下の娘だぞ。そのアドリエンヌが初めてだとは……」
アドリエンヌさんとは正妻さんのことか。お姫様だったのか。そんな人が奥さんになるなんて侯爵様は凄いなぁ。
「コータ、これはどこで手に入れたんだ? みたことがない文字が書かれているが……」
「ごめんなさい。入手先は言えません。ただ、必要ならば融通は出来ます」
みんな味わうようにウイスキーを飲んでいる。ホワイトフェンリルのアルティさんと仔フェンリル君たちやスレイプ君たちもだ。
そんな中、侯爵様がウイスキーの入手先を聞いてきた。アナスタシアさんたちは、私がどこからか知らない野菜とかを仕入れていると知っているからなぁ。
アナスタシアさんたちは少しなんともいえない表情になった。今までは触れないでくれたことだが、多少なりとも興味はあるんだろう。
「これ、ウイスキーよね? 作れるわよ。昔は人族も作っていたはずだもの」
私の秘密に話がふれてちょっと微妙な空気になったそんな時、教えていないウイスキーの名前を知っていた海の精霊様が何気なく言った言葉にみんなの視線が集まった。
「そうね。混沌の時代の前は作っていたはずよ。原料はトウモロコシとか小麦とかライ麦だったはず。火酒と同じ蒸留酒よ。戦乱で文明がだいぶ失われた結果消えたのよね」
より詳しく教えてくれたのは森の精霊様だった。この世界にもウイスキーは昔あったのか。
「調べてみるか。古い文献に作り方があるかもしれん」
古い文献って、あの覗き魔法のような文献? 侯爵様は探して作りたいらしい。でも探すのは大変そうだね。
「こーた、おかわりなの!」
「このおさけ、すき~」
ああ、ウイスキーで気持ちがよくなった精霊様たちが踊りだしそう。止めないと。侯爵様のお屋敷がお花畑になっちゃう。
「コータ。飲むわよ!」
「うふふ。今夜は寝かさないよ」
精霊様たちが奇跡を起こしそうになるのを止めていると、今度はベスタさんとソフィアさんに絡まれた。
すでにワインに移行していたふたりは、気分よくほろ酔いらしい。
それはいいんだけど、抱きしめるのはやめてください。どうしていいかわかりません。
「コータもそろそろ大人になる?」
「えー、コータはこのままでいいんだよ!」
「どっかの馬鹿女に取られたらどうするのよ」
お酒は人を惑わすんですね。なんというか日本だとセクハラとか言えそうな雰囲気だ。
ベスタさん、そんなあからさまに誘われても困ります。ソフィアさん、もっと言ってやってください。
「……それも一理あるわね」
うわっ、あっさりベスタさんに言いくるめられている。なんというか女性ばっかりの飲み会ってこんな感じなんだろうか?
逃げよう。君子危うきに近寄らず。嫌いなわけでも嫌なわけでもない。
でもどうしていいかわからないから逃げるが勝ちだ。
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