第64話・コータ、ナンパされる

 侯爵様のお屋敷でお世話になって五日目だ。


 まだ鑑定は終わってないらしい。思った以上に時間が掛かっているが、それだけいいものがあるんだろうとワルキューレのみんなが期待している。


「じゃあ、ちょっと待っててね」


「はい」


 今日はアナスタシアさんが冒険者ギルドに行くというのでお供として一緒に来た。この町ではアナスタシアさんはお嬢様なんだなと一緒に歩いていると実感する。


 町の人がアナスタシアさんに頭を下げている姿をよく見かけるんだ。


 ちょっと人の視線が気になる。アナスタシアさんがこの町を出たのは、そんなところに理由があるのかもしれない。


「あら、坊や。見ない顔ね。ひとり?」


「お姉さんたちが一緒にパーティーを組んであげるわよ」


 ギルドも早朝以外はさほど混雑していない。今日はスレイプ君たちもいないので、精霊様たちと一緒にギルドの掲示板を眺めていたら、知らない女の人二人組に声を掛けられた。


 やはり初心者に見えるんだろうか。今日は鉈剣も持ってきたのに。


 露出度の高い水商売のようなお姉さんたちだ。甘い香水のような匂いがする。


「いえ私は……」


「とりあえず静かなところでゆっくりお話ししましょう?」


 いや、私はアナスタシアさんを待っているから、パーティーは探してないんだってば。ふたりはべたべたとボディタッチしながら、半ば強引に私を連れ出そうとする。


 周りには昼間からお酒を飲んでいる冒険者たちやギルドの職員の人たちがいるが、

誰も助けてくれない。冒険者たちはむしろ羨ましげに見ている。


 でも世の中、そんな美味しいことなんてあるはずがない。水商売のようなお姉さんたちが私なんかを目的もなく誘うわけがない。


「そうか。わかった!」


「わかった? ね? いいでしょう?」


「ダメですよ! 静かなところに行ったら怖い人が出てくるんでしょう!」


 どこかでデジャヴがあると思ったら、昔会社の同僚とぼったくりバーに誘われた時と似ている気がする。


 あの時は同僚が先に逃げて、私が二人分払わされたんだ。結局同僚はお金を返してくれずに泣き寝入りしたことを思い出した。


「……坊や。私たちは怪しい店の客引きじゃないわよ」


「失礼ね。これでもアイリーン姉妹って言えば、ここらじゃ結構名が知れた冒険者なんだけど?」


 あれ? ちがったのか? お姉さんたちがちょっとムッとした表情に変わった。


 というか冒険者なのか。


「……久しぶりね。アイリーン」


 勘違いして謝ろうとしたが、その時アナスタシアさんが戻ってきた。


 なんだろう。ちょっと微妙な雰囲気だ。私は空気の読める男だからわかる。


「あら、アナスタシアじゃないの。帰ってたの?」


「相変わらず活躍してるんだって?」


 精霊様たちが危険危険と逃げだしているので、私も逃げよう。ただ、アイリーンと名乗ったお姉さんたちは特に気にした様子もなく普通にアナスタシアさんに返事をしている。


「ええ、おかげさまで」


「そろそろ彼氏のひとりでも作ったら?」


「ああ、でもこの子はダメよ。私たちが先に見つけたんだから」


 逃げようとしたがお姉さんたちに捕まっちゃった。そんなにぬいぐるみみたいに抱きしめないでください。アナスタシアさんの笑顔が恐いです。


 精霊様たちは避難完了したようだ。ギルドの建物の外からこちらを見て、頑張れと応援している。応援より助けてよ。


「その子の首飾りに見覚えないかしら」


「うん?」


「……まさか……」


 額に青筋でも見えそうな雰囲気のアナスタシアさんだが、努めて冷静に振舞おうとしている。


 そんなアナスタシアさんが指摘したのはワルキューレの印であるネックレスだ。困った時に役に立つからと以前にもらったものだね。


「コータ。帰るわよ」


「はい」


 抱きしめていた手が緩んだ。その隙に脱出して歩きだしたアナスタシアさんに続く。


 アイリーンのお姉さんたちが苦笑いしながらさよならと手を振っていたので、軽く会釈して別れた。


 なんというか因縁でもあるのだろうか?


「アイリーンのふたりとはね。駆け出しの頃が同じだったのよ」


 なんとなくそのままお屋敷に帰るのもどうかと思い、喫茶店みたいな軽食のお店に入って一息ついていたら、アナスタシアさんがゆっくりと語りだした。


 友達って感じじゃなかったんだけどね。ライバルだったのだろうか?


「あのふたりは苦労して育ったみたいでね。駆け出しの頃からたくましかったわ。女を巧みに武器にしてランクと実力を上げていた」


 私はオレンジ系のジュースを飲みながら、淡々と語るアナスタシアさんの話を聞くだけだ。


「私の仲間だった人たちも彼女たちに盗られたわ。頑張って一緒に強くなろうって誓ったのに……」


 因縁があるらしい。アナスタシアさんの抑えようとしている感情が垣間見える。


「私はアナスタシアさんを裏切ることは絶対にしませんよ」


 彼女たちや元仲間の人たちにも言い分があるのかもしれない。でも感情を抑えようとしているアナスタシアさんを見ていられなかった。


「コータ……ありがとう」


 誰にだって譲れないことはある。多分アナスタシアさんにとってあのふたりは、譲れない相手なんだろう。


 アナスタシアさんに笑顔が戻った。よかった。よかった。




「コータ、今更だけど。アイリーンのふたりも別にアナタを騙そうとしたわけじゃないわよ」


 帰り道。アナスタシアさんと並んで歩く。身長はアナスタシアさんのほうが高いので姉と弟のようにみえるんだろうか。


 そんなことを考えていたら、アナスタシアさんがぽつりと口を開いた。


「そうなんですか? てっきり……」


「あのふたり。若くて有望で可愛い男の子を捕まえて、自分たちの好みに育ててるのよ」


 へ? 女を武器にしていた悪い人じゃなかったの?


「彼女たちのあだ名はショタ喰いのアイリーン。結構有名よ。さっき話した私の元仲間も強くなって活躍しているわ」


 私は見てしまった。アナスタシアさんの拳が握られているのを。


 悪い人ではないが、やっぱり因縁があるのは変わらないらしい。


「男って、本当に目の前の誘惑にあっさり乗っちゃうんだから。アナタはそうなってはだめよ?」


「はい」


 もしかして一度や二度じゃない? そんな雰囲気だ。アナスタシアさんが育てた駆け出しの冒険者には男の子もいたと聞くし。


 まさかね?


 ただ不安そうなアナスタシアさんに、私は素直に頷くしか出来なかった。


 隣を歩きアナスタシアさんの手に偶然触れると、アナスタシアさんはビクッとした。


 どこか不安そうというか感情を押し殺すアナスタシアさんに、私は見ていられなくなり彼女の手を握ると、アナスタシアさんはそっと手を握ってくれた。


 不安なのかなと思った。裏切られる辛さはよくわかる。


 だから私はアナスタシアさんを裏切らない。なにがあっても。






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