第65話・コータ、精霊様たちと遊ぶ
「それで、報告は?」
「今のですべてだ! 侯爵家はこちらの存在に気付いている節がある。ホワイトフェンリルもいる。どうやって取り返せというのだ!!」
侯爵領のサランドの町から馬で一日の距離にある村の宿屋では、従魔使いの男と黒衣の男が狭い部屋で密談をしていた。
従魔使いの男は離れた場所からずっとワルキューレを監視していたが、ホワイトフェンリルのいる侯爵邸の中までは彼の従魔では覗けなかった。
実際、彼は一度だけ小型の従魔で深夜に侯爵邸に侵入を試みたが、ホワイトフェンリルによりあっさりと倒されている。
結果的にワルキューレのメンバーとコータが屋敷から出ていたとの報告はしたが、顔を黒い布で隠した黒衣の男は冷たい声で更なる報告を求めていた。
もっとも報告を期待したというよりは監視していた者の無能さを、皮肉を込めただけの言葉のようだが。
「使えぬな」
その言葉に不快感を露わにした従魔使いの男は反論するが、あまりに役に立たない監視者に黒衣の男は冷たく斬り捨てるように呟いた。
「ならば貴様がやればいい。相手はワイバーンを三体と百体の魔物の群れを撃退してほとんど無傷なのだぞ! いかに貴様がA級殺しだと言えど……」
その言葉は聞き捨てならなかったらしい。従魔使いの男もその道では知られた男なのだ。誇りもある。激高して声を荒らげるが、気が付かぬうちに額にナイフが突きつけられていた。余計なことを言えば命はない。言わなくてもわかる行動だった。
「……すまない」
「まあいい。鑑定士はすでに侯爵邸か?」
殺される。その恐怖に従魔使いの男は顔色を真っ青にして冷や汗を流して謝罪する。ただ黒衣の男は興味がないと言わんばかりに話に戻った。
「ああ、入ったっきり出てこない」
「ということはすでに侯爵にも中身が知れたか」
少し考え込むように黒衣の男は窓から外を眺めていた。黒衣の男の狙いはスレイプニルのゴルバが持っていた宝物の袋と中身だ。
遠方にいたせいで到着が遅れた結果、すこしばかり厄介なことになったと考えていた。
「オレはもう退く。あとは任せた」
「ああ、退け。……あの世にな」
従魔使いの男はいつ侯爵の兵がここに来るかと数日びくびくしていた。こんな危険な仕事から手を引きたいと、黒衣の男に告げるが……。
ナイフであっさりと首を切られて息絶えた。
「どう? かゆいところはない?」
「うむ、心地よい」
この日は天気がいいのでホワイトフェンリルのアルティさん親子とスレイプ君と馬たちを洗ってあげることにした。
ブラッシングとかはしてあげているんだけどね。アルティさんも喜んでくれたようでなによりだ。
ワルキューレのみんなも休暇を終わり、そろそろ活動する頃なんだが、ゴルバの財宝の鑑定が終わるまでは自粛してくれと侯爵様に頼まれた。
なんか厄介なものが見つかったらしい。三食昼寝付きなのでみんな喜んで従っている。
「それにしても厄介なものって、なにがあったのだろうね」
「さて、我には人の考えることはわからぬからな」
アルティさん、最近は侯爵様と一緒にお酒を飲んでいるから、なにか聞いてないかと思ったが知らないのか。
私は暇なので薬の調合とポーション製作を続けている。仕事がしたいとこぼしたら、侯爵様が仕入れた材料を私が薬にすると買い取ってくれることになったんだ。
無論材料費は取られるが、加工費というのが結構いいお金になる。
『パンパカパーン! 飼育スキルゲットしました! ムムム、スローライフですか? 私もこんど遊びに行きますね~』
アルティさん親子とスレイプ君に馬の世話が終わると、久々に女神様の声が聞こえた。最近では先日に調合スキルがレベル3に上がって以来だ。
飼育スキルか。なかなかよさげなスキルだ。
「ふむ、行かねばなるまいな。私が出よう」
アルティさんたちを洗ってあげるのも終わったのでお屋敷に入ったが、侯爵様と奥さんたちが兵士さんたちとなにかを相談していた。
「お父様、私が行きましょうか?」
「いや、私が行こう。領内を盗賊如きに荒らされては私の沽券に関わる」
アナスタシアさんも加わっていて、何事かと思えば盗賊か。本当に盗賊とか多いね。
侯爵様は自ら盗賊退治に行くらしい。普通偉い人って命令するべきなんじゃないだろうか。危ないのに。私の出番はないな。
「こーた、きゃんぷしよう!」
「てんとで、あそぼう~」
話が決まると侯爵様と奥さんたちは、兵士のみなさんと一緒に盗賊退治に出かけてしまった。二日ほどお屋敷を留守にするらしい。
私はなにをしようかと思って考えていたら、精霊様たちにキャンプをねだられた。
そういえば最近はお屋敷の中で遊んでばっかりだったからなぁ。よし、今日は精霊様たちと昼キャンプにしよう。
本当は近隣の森にでも行けば楽しいんだが、侯爵様から町から出ないように言われているんだよね。
中庭の一角を借りてテントを張って、ハンモックも設置してみようか。ちょうどいい木がある。キャンプ用チェアも設置してテーブルも置く。
「あら、ここで野営するの?」
「はい。精霊様たちが暇を持て余しているみたいなので」
またなにかを始めたのかと心配したんだろう。マリアンヌさんが様子を見に来てクスクスと笑っていた。
ハンモックは早くもスレイプ君と仔フェンリル君たちと精霊様たちで、ぶらぶら揺れているんだ。マリアンヌさんには精霊様たちは見えないが、なんとなく察したんだろう。
「今日はこんなものもあるんですよ」
ふふふ。みんなで遊べる道具も最近買っちゃったんだ。侯爵様のおかげで定期的な収入が入るようになったからね。
みんなが見ている中、フライングディスクを飛ばすと精霊様たちと仔フェンリル君たちが一目散に追いかけ始めた。
仔フェンリル君たちは本能だろうか。精霊様たちはよくわからないけど。
「あーん、ずるい!」
「かぜをあやつるとぼくたちにはとれないよ!」
「ガル!」
「ガルガル!」
フライングディスクをゲットしたのは風の精霊様だった。ただどうも風を操ったみたいでほかの精霊様と仔フェンリル君たちが抗議している。
「みんな仲良くね。ほかにもいろいろ用意したから」
「はーい!」
「ガル!!」
喧嘩はいけない。ほかにもシャボン玉とかボールとかバドミントンとか縄跳び用の縄とかいろいろあるんだ。それらを見せつつ喧嘩をしないようにさせないと。
「これ、おもしろい!」
「なんだこれー!」
精霊様たちが最初に食いついたのはボールだった。野球のボールサイズからサッカーボールやバレーボールサイズに、バランスボールサイズまである。
危なくないようにと柔らかいゴムボールを多めにしたら、精霊様たちと仔フェンリル君にスレイプ君たちはゴムボールを転がしてキャッキャッと喜んでいる。
「不思議なものね。柔らかいのに壊れないわ」
「こういうのここでは見ないんですか?」
「ええ、初めてね」
マリアンヌさんがゴムボールのひとつをもって不思議そうにしていた。どうも異世界にはゴムボールはないらしい。
「えーと、どうしたの? 投げてほしいの?」
「ヒヒーン!」
ぷにぷにとゴムボールの感触を楽しむマリアンヌさんだが、足元にころころと違うボールが転がってくるとスレイプ君が瞳を輝かせて見上げていた。
マリアンヌさんはそんなスレイプ君の気持ちを察したようで、足元のゴムボールを投げてやるとみんなが一斉に追いかけ始めた。
うんうん。やっぱり外で遊ぶのはいいね。
アナスタシアさんたちもさそってみんなで今日は外で遊ぼうか。
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