第66話・コータ、夜這いと間違われる

「こんな柔らかくて綺麗に丸い球なんて初めて見たわ」


 ゴムボールはみんなに好評だった。キャンプスキルで遊ぶ道具としてリストにあるから買ったんだけどね。


 アナスタシアさんでさえ驚いている。もちろんボールはあるらしい。動物の革とか魔物の革で作った高価な玩具として貴族様なんかはもっているらしい。


 ただ限りなく丸い形をしているが、完全な丸でないもののようで、まして柔らかいゴムではないらしい。この世界にゴムの木とかないのかなぁ。


「また変わったことしているわね~。燻製? ベーコンとかソーセージなら知っているけど……」


 そうそう、せっかくなんで燻製セットも買って試してみている。サクラチップで燻製して試してみているんだが、ソフィアさんに半分呆れられちゃった。


 美味しいんだよ。驚かせてあげよう。


 具材はチーズとワイバーンのお肉とゆで卵だ。この世界にも燻製はあるらしい。ソフィアさんも言っているが、ベーコンとかソーセージは売っている。


 ただ、香辛料は高価なので庶民が気軽に買えるものではないらしい。


「おいしいの!」


「けむりのあじがするの!?」


 さあ、出来た。精霊様たちとアナスタシアさんたちに一口サイズに切ってあげる。


 精霊様たちは食べた瞬間に騒ぎ出した。どうやら初めての味らしく美味しいと言いつつ驚いている。


「これは不思議な味ね。燻製にこんな調理方法があったなんて……」


 マリアンヌさんは首を傾げながら食べている。自身でも料理をするからね。その分だけ驚きがあるんだろう。


 保存方法としてではなく、燻製調理という考えはなかったみたい。


 うん。燻製の風味と味がいいね。ワイバーンの肉とか絶品だ。ちょっとお酒が欲しくなるよ。






「こーた。おきるの!」


「おきて!」


 夕食はお屋敷の料理人さんが作ってくれたのでそっちを食べたが、夕方までキャンプをして楽しんだ。


 そのまま気持ちよく就寝したが、真夜中にもかかわらず精霊様たちに起こされた。


「どうしたんですか?」


「だれかくるの! きけんなにんげんさん!」


 怖い夢でも見たのかと思ったが、精霊様たちは真面目に警戒していて、その表情に一気に目が覚める。


 大変だ。みんなを守らないと。


「コータ。敵はひとりやふたりではない。アナスタシアたちを起こせ。屋敷の使用人を人質に取られると面倒だ。我も起こしにいく」


「わかりました」


 ホワイトフェンリルのアルティさんと仔フェンリル君たちも同じ部屋で休んでいたが、すでに起きている。私は服を着て長鉈を持つと、アルティさんの指示通りにアナスタシアさんたちを起こしにいく。


 屋敷が広いとこういう時に大変だね。走っているのにすぐにはつかない。学校なんかよりは遥かに広いお屋敷だから。


「アナスタシアさん! アナスタシアさん!」


 アナスタシアさんは結構寝起きが悪い。部屋のドアをドンドンと叩いて起こすが、すぐには起きてくれない。


「コータ……? いいわよ。いらっしゃい」


 仕方ないので部屋に入って起こそうとアナスタシアさんを揺するが、寝ぼけたアナスタシアさんのベッドの中に引きずり込まれる。


 わっ、アナスタシアさんパジャマ着てない。寝ぼけて抱きしめるのはやめてください。緊急事態です。


 胸の谷間で息が出来なくなる。


「アナスタシアさん……。敵です!」


「敵……?」


「そうです!!」


 なんとかアナスタシアさんから離れて事態を説明すると、アナスタシアさんがようやく目を覚ましてくれた。


「屋敷には警備の兵がいるわよ」


「アルティさんが危険だから、みんなを起こせって言ってます」


「それは一大事ね。すぐに準備するわ」


 アナスタシアさんが起きてくれたので私はほかのみんなの部屋に行く。


「……コータ。夜這いなら静かに来てよ」


「コータもやっと男になる気になったかい?」


 ソフィアさんとベスタさんを起こすが、みんな私が起こすと勘違いして困る。そんな場合じゃないのに。


「全員起こしなさい。戦えぬ者は地下に! すぐに市中の兵も起こして厳戒態勢を敷きなさい!」


 屋敷にいるのは私たちと鑑定士さんと侯爵様の正妻さんと数人の奥さんだけだ。正妻さんが兵士を起こして使用人の皆さんを避難させるべく誘導している。


「よく聞いて。敵の中に魔人がいるわ。下級だと思うけど、強いわよ」


 ワルキューレのみんなとパリエットさんと正妻さん、それと兵士が数人いる中、森の大精霊様であるシルヴァ様が口を開いた。


「まっ、魔人?!」


 ワルキューレのみんなが初めて動揺したかもしれない。


「コータ。アナタには私の力を貸してあげるわ。気を付けなさい。相手は話して通じる存在じゃない。この世界の神々に反旗を翻している存在よ」


 私がなんとかしなきゃいけないと気合を入れていると、海の大精霊様であるシーア様に声を掛けられた。


『パンパカパーン! 召喚精霊で海の大精霊様シーアが召喚可能になりました! シーアと遊んでいるんですか? たまには私とも遊んでくださいね!』


 女神様のアナウンスは非常にありがたいのですが、少し場違いです。危機なんですけど。


「奥様。非戦闘員は全員地下に避難いたしました。市中の厳戒態勢もすぐに整います!」


「狙いはゴルバの財宝かしらね。ということは先の盗賊騒ぎは陽動の可能性もあるか。舐められたものね」


 気品あふれる正妻さんが怒っています。少し怖いほどに。


「兵の増援を呼びますか?」


「不要よ。町の中で暴れた場合は領民の避難をさせて。判断は任せます」


「はっ」


 偉い騎士さんに正妻さんはテキパキと指示を出している。相手が魔人と聞いたからか騎士さんも正妻さんも真剣そのものだ。


 この世界では盗賊ばかりではなく魔物が町を襲うこともある。避難や対策はきちんとしていると前に聞いた通りだった。


「待って。敵は魔人がひとりに、人間が三十五人。町の中にはさっきまではいなかった魔物が二十体。どうも召喚士がいるようね。でもこっちは陽動だと思うわ」


「聞いたでしょう? あなたたちは魔物を始末しなさい。ここは私たちが戦います」


 騎士さんが正妻さんの命令で動こうとした時に森の大精霊様が止めて、敵の戦力を教えてくれた。


 それを踏まえて正妻さんは作戦を決めて、町のほうを兵士の皆さんに任せて屋敷は自分たちで守るらしい。


 ただ正妻さんは戦えるようにみえないんだけど。お姫様だったんでしょう? 大丈夫かな?


「アナタたち悪いけど手伝ってちょうだい。報酬は後払いで」


「もともと私たちの戦利品が狙われてるからねぇ」


 騎士さんが走っていくと、私たちは正面玄関に移動して外に出ていた。


 正妻さんからは正式に依頼として頼まれたが、そこまでしなくても戦うのに。


「ヒヒーン!!」


 おおっ、久々にスレイプ君がもとの大きさに戻った。戦う気満々だ。


 精霊様たちもすでに精霊の陣の配置に付いている。仔フェンリル君たちもやる気だ。




「おや、見破られましたか」


 緊迫した雰囲気の中、お屋敷の高い塀を軽々と乗り越えて侵入してきたのは全身黒づくめの男たちだった。


 ふわりと私たちの目の前に降り立つと先頭にいた者が声を出すが、男の声だ。


「おかしいですね。精霊騙しの魔道具が効かないなんて。ホワイトフェンリルにも通じると聞いていたのですが……」


 侵入して待ち構えられていたのに黒づくめの男たちは動揺もせず、少し面白そうに自ら手の内を明かすように話かけてくる。


 なんか不気味だ。しかも精霊騙しの魔道具ってなんだ?


「竜殺しの侯爵家を舐めてほしくないわね。賊の動きも読めないと思ったのかしら?」


「これは失礼を。ドラゴンバスター殿。しかし、ただの賊と思われるのは少し心外ですな」


 ん? 竜殺し? 聞いてないよ。しかも正妻さんがドラゴンバスター?


 箸より重いものを持たないように見えるのに。


 うーん、わけがわからない。

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