第67話・緊迫の夜

「それにしても財宝欲しさにわざわざ来るなんて、お金に困っているのかしら? なんなら少し恵んであげてもいいわよ」


 正妻さんと敵の中心人物は互いに相手から目を離さずに牽制している。もちろんそれはほかのメンバーも同じで、目の前にいる黒づくめの人をじっと見つめていた。


「中身のこと調べたのでしょう? 今こちらに引き渡せば相応の値で買い取りますよ。あれはアナタたちでも厄介な代物のはず」


 精霊様はすでに踊り始めている。それだけ今にも戦いが始まりそうな雰囲気なんだ。


 しかし、ここで相手が交渉を持ちかけてくると、雰囲気がほんの僅かだが変わる。無論のこと本気とは思えないが、男は懐から取り出したアイテム袋を開くと、なんと金貨を目の前にばら撒いてしまった。


 その瞬間、男が動いたのが見えた。一気に正妻さんを狙って踏み込んできたんだ。


 体が自然に動いた。多分スキルの影響かもしれない。


「ほう、私の動きを先読みしたのですか? 坊や」


 正妻さんは丸腰だった。守らないと駄目だと割りこんで長鉈で男のナイフを受け止める。


 ああ、こんな人は初めてだった。目の前に来てよくわかった。この男の目にはまったくの感情がない。まるでロボットでも見ているような感覚になる。


「コータ!!」


 私が割り込んだことに男は驚いた様子を見せていたが、男の目はまったく驚いてはおらずナイフで私を狙ってくる。


 だが男のナイフが私に届くことはなかった。


「怖い怖い。ドラゴンバスターとワルキューレに、ホワイトフェンリルまでいるんでしたね」


 男のナイフより早く正妻さんの扇子が男のいた場所に飛んできていたし、ホワイトフェンリルのアルティさんが私を咥えて男から離れてくれた。


 ほかにもアナスタシアさんやベスタさんは踏み込んでいて、男まであと一歩の距離に進んでいる。


 というか扇子が地面にめり込んでいますが……。


 ああ、正妻さんが手を伸ばすと地面にめり込んだ扇子がふわりと浮いて正妻さんの手に戻った。


「ふむ、スレイプニルやホワイトフェンリルを手なずけたのはアナタですね? 坊や。これは本当に計算外でした。エルフがいると聞いたので、てっきりエルフだとばかり思っていましたので」


 男はアナスタシアさんやベスタさんに目も向けずに、ただ私だけを見ていた。まるで心の中を覗き込むように。


「あなたは魔人ですね?」


 私にはわかった。この男が魔人だ。女神様や精霊様たちとはまったく異質な力を感じる。怖くて怖くて逃げだしたくなるほどだ。


 それでも私はその一言を問わずにはいられなかった。


「くっくっくっく。なるほど。こちらの計画が上手くいかないわけがわかりました。坊やが邪魔していたんですね? 幼い容姿に騙されていたということですか」


 男は魔人だった。しかも何故か私の問いかけに面白そうに笑うと納得の表情でこちらを見てくる。


 わかる。多分この人は女神様の敵だ。魔人も気付いたのかもしれない。私に女神様の加護があることに。ただ、邪魔をしたのは偶然です。まるですべてが私の狙いだったような言い方はしないでください。


「では始めますか、全員皆殺しにしなさい。私は、坊やを全力で始末します!!」


 まるで影のように動かなかった三十五名の黒づくめの男たちが、魔人の指示で一斉に襲い掛かってくる。


「させないの!」


「ぼくたちのちからみせてやるの!」


 ただ、待っていたのはこちらも同じだ。精霊様たちの奇跡が一気に力を開放して黒づくめの男たちを包む。


「アタシの敵も残っていたようだね」


 足元の草がニョキニョキと生えてきて男たちを包んでいく。そこから抜け出したのは十名だ。ベスタさんが迫ってきた黒づくめの男たちに剣を振るって、ふたりほど吹き飛んでいる。


 一方、私のところには魔人が迫っていた。だが、そこで雷が魔人の進路を塞ぐ。スレイプ君だ。


「たかが魔物如きがと思いましたが、アナタの加護の影響がスレイプニルにも出ていますね」


 魔人は足を止めるとスレイプ君をチラ見して少し驚いたような顔をした。加護の影響ってあるのか。初めて知った。


「それは面白そうな話ね」


 魔人は余裕を見せているが、そこに正妻さんが扇子で魔人に殴りかかり、ナイフと扇子がぶつかって止まると、つば競り合いをする。


 あの扇子はなんなんだろう。明らかに毒々しい魔人のナイフと互角に戦っているなんて。


「ドラゴンバスター殿。できれば邪魔をしてほしくないのですがな」


「私を前に子供に本気になるなんて、いただけませんわ」


 正妻さんを助けたいと思うが、付け入る隙がない。ドレスを身に纏い扇子で戦っているのに正妻さんが凄い。


 魔人と正妻さんは目にも止まらぬほどのスピードで、一歩間違えれば死ぬほどの戦いを繰り広げている。


「ふむ。どうやら知らないようですね」


「あの子が何者でも構わないのよ。今はウチの客人だもの!」


 明らかにレベルが違う。会話をしながらも双方動きはまったく止まらない。


「どうしよう」


「手を出さないほうがいいわ。逆にアドリエンヌ様の隙になる」


 魔人が連れてきた黒づくめの男たちは、すでにワルキューレのみんなとパリエットさんにホワイトフェンリルの親子に倒されている。


 黒づくめの男たちもかなり強かったみたいだが、精霊様たちがみんなを強化する魔法を使っているらしく敵ではなかったようだ。


 ほかの敵が片付きアナスタシアさんは私のところに来ると、一対一で戦う正妻さんと魔人の戦いについて教えてくれた。


 あまりに拮抗している戦い故にアナスタシアさんでも手出しが出来ないらしい。


「今ならドラゴンも簡単に倒せそうですな。ドラゴンバスター殿。精霊の加勢が思った以上に強い」


「それだけ自分が強いとでも言いたいのかしら? 精霊は生きとし生ける者の味方よ。混沌を望むアナタたちと戦う以上は力を貸してくれるわ」


 二人の異次元の戦いに、立派で頑丈そうなお屋敷が二人の戦いの衝撃であちこちと壊れているほどだ。


 ただ、魔人は気が付いていないのだろうか? ここに周囲の精霊様たちが続々と集まってきていることに。


 精霊様たちは今も精霊の陣を使って正妻さんを助けているが、続々と集まる精霊様たちが加わって強力になっている。前にネクタールを作った時かそれ以上の力を感じる。


 ただ、その力で戦う正妻さんでも倒し切れない魔人が本当に恐ろしいとしか言いようがない。


「いえいえ、さすがに少し分が悪いですね。ここは引き上げたいのですが」


「逃がすつもりはなくてよ!」


 戦いは徐々に正妻さんが押し始めていた。精霊様の加勢がどんどん強くなっているんだ。魔人は逃げるタイミングを探している。


「コータ。私たちの力を受け入れなさい。あの魔人は逃がしてはダメ」


「精霊はね。直接は戦えないのよ」


 見ているしかできなくて歯がゆい思いをしていると、いつのまにか森と海の大精霊様が私のところに来ていた。いつになく真剣なふたりは、まさに大精霊様の貫禄そのものだ。


「はい。でもどうやったら……」


「あるがままに私たちを受け入れて。あなたなら大丈夫よ」


「……はい」


 大精霊様たちは真剣だった。なにが起こるのか私にはわからない。


 でも……、二度目の人生なんだ。後悔はしたくない。


 ここで逃がしたら多くの被害者が出る。それならば、私が……。





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