第11話・キャンプは楽しく
すでに西の空が赤く燃えるように染まっていた。
「どこかの王族とか言われても信じる自信があるわ」
「王族は料理などしませんわよ。それに所作が王族や貴族と違いますわ」
血抜きしたラビットというウサギの魔物は、クラン・ワルキューレの皆さんが捌いてくれた。
私は夕食の支度をしているが、私の素性についていろいろ話していた。
謎の便利道具。彼女たちいわく魔道具を持つ私の素性が気になるらしい。噂好きの女性の姿は日本と大差ないなと感じる。
どこかの王侯貴族かという予想をした者などまでいたが、本物の侯爵家の庶子であるアナスタシアさんにはそうは見えないようだ。
「温かいスープをこんなところで飲めるなんてね」
「やはり日頃は簡単に済ませるので?」
「そりゃそうよ。荷物は極力減らすのが当然でしょ? 数日分のパンと干し肉と水だけでも荷物なのよ。ウチのクランはアイテム鞄がひとつあるから、まだいいけどさ」
手伝いを買って出てくれた人もいるが、それほど難しい料理はしない。私が野菜を包丁で切る様子を見ていたソフィアさんが、あきれた様子で日頃の野営について教えてくれた。
小さなひとり用の鍋でも持っていればできそうなものだが、最低三日分の食料と水くらいは常に持ち歩いているとのこと。アイテム鞄とやらにはほかにも予備の武器や防具に薬の類などが入っていて、調理用の器具などは入る余裕がないらしい。
若い娘さんが固いパンと塩辛い干し肉で空腹を紛らわせて、野外で野宿をするとは信じられない世界だ。
そこまでしなくては生きていけないのだろうか? それともほかに理由が?
生きていけないのだろうな。私の若い頃は日本でもそうだった。
詳しくは聞くまい。聞きたいのはお互い様なのだ。
さて、今夜の夕食はなんにしようか。
うむ。牛乳がそろそろ賞味期限だな。ただこのクーラーボックスは中の野菜や果物に薬草がいつまでも新鮮なままなので、腐らないクーラーボックスなのかもしれないが。
とはいえ賞味期限は守らねばならないだろう。
よし、今夜はクリームシチューにしよう。
「手慣れているわね。子供なのに……」
ぽつりとつぶやいたソフィアさんに思わず苦笑いが出そうになる。実は子供ではないのですよ。それにしても年頃の女性に見られながらの調理は少し緊張する。
具材はラビットの肉と、異世界ではゴロ芋と呼ばれている異世界産のジャガイモに、女神様から頂いたニンジンや玉ねぎだ。
鍋は十二インチの大きめのダッチオーブンをふたつ分だ。クラン・ワルキューレの皆さんと精霊様たちの分と考えるとそのくらいは必要だろう。
まずは鍋でラビットの肉をバターで焼いていく。ちょうどいい焼き色がついたら玉ねぎやゴロ芋やニンジンを炒めていく。
水にコンソメスープの素と牛乳と白ワインを適量入れて煮込む。
「よし、次は……」
ラビットの肉はまだまだある。それというのも大きさがウサギというより、ちょっとした小柄な鹿くらいあるんだ。
残りはソテーにしよう。
食べたことのない肉だけど、念のためすじ切りもしておくか。塩コショウで下味をつけて小麦粉をうすくつけてやくだけ。
ソースはどうしようか。とりあえず味見してからだな。
「うん? 美味しい」
ウサギの肉なんて食べたことないし不安だったけど、臭みなんてまるでない。
「ずるいー!」
「わたしもたべるー!!」
「ああ、これは味見ですよ。もう少しで出来上がるので待っていてください」
このままでも十分美味しい肉だった。臭みがないのは下処理がよかったのか、そんな肉なのか私にはわからないが。
ただ精霊様たちが味見を見て集まってきちゃった。
そんな精霊様たちをなだめて、クリームシチューのルーを入れて更に煮込む。
クラン・ワルキューレの皆さんがいつの間にか静かになっている。
黙ってこちらを見ているよ。お腹が空いたのかな。完成はもう少しだ。
ソースはマスタードソースにしようか。独り暮らしが長かったし、趣味らしい趣味もなかった。
友人は離婚の時に離れて行ってしまった私の数少ない趣味は料理だった。どうせ食べるなら美味しいものが食べたいと、安い食材でいかに美味しい料理を作るかにハマっていたことを思い出す。
「あの、そろそろたき火でも……」
「……そうですわね」
辺りが暗くなってきた。ランプの明かりをつけてたき火でもと声をかけると、固まったように動かなかったアナスタシアさんたちは拾ってきた薪でたき火を起こす。
赤々と燃えるたき火の光はなんだかホッとする。
精霊様たちがたき火を囲むように踊りだすと、本当にキャンプといった雰囲気になる。
でも、踊った場所をお花畑にするのはやめたほうがいいと思う。そっと近くにいた精霊様にお願いしておこう。
黒パンはたき火で軽く焼くと、香ばしくなって美味しいようだ。
「きゃああ!!」
そろそろ夕食かなという時に、女性の悲鳴が聞こえた。
クラン・ワルキューレのメンバーだ。場所は……トイレ? 虫でも出たかな? 魔物なら精霊様が真っ先に気付くはずだし。
「どうした!?」
「なにがあったんですの!?」
私とクラン・ワルキューレの皆さんが慌てて仮設トイレに駆け寄るが……。
「水が! 水が!!」
僧侶のような姿をしたマリアンヌさんが、下着を下したままの恰好で慌ててトイレから出てくると自分の下着で足を絡ませ転んでしまう。
「えーと、水が流れるのは仕様ですよ」
「違うの! 水が……」
とっさに顔を背けて見ないようにしつつ水洗トイレに驚いたのかと教えるが、どうやら違うらしい。
ただなにが違うのか恥ずかしいようではっきり言ってくれなくて私にはわからないが、アナスタシアさんたちが聞き出した話によるとウォシュレットに驚いてしまったようだ。
事前に説明したんだけどな。女神様もこの世界の言葉でボタンには使い方を書いてくれていたのに。
「どうも予想と違ったようですわ」
アナスタシアさんいわく水が出てきたら自分で洗うものだと思ったら、自動で洗うことになったのが驚きの原因らしい。
すぐに下着を履くとマリアンヌさんは顔を赤らめて私を睨んできた。
「申し訳ありません」
私がすぐに頭を深々と下げて謝罪するとなんとか怒りを抑えてくれたようだが、怒りのやり場がないのだろう。なんとも言えない表情をしている。
「さあ、過ぎたことは忘れて夕食に致しましょう」
少し微妙な空気になるが、すべての準備が整うとすっかり日が暮れた夜空の下で夕食だ。
アナスタシアさんがなんとか場を取り持ってくれたので、シチューとソテーをみんなに配っていく。
クラン・ワルキューレの皆さんと精霊様たち全員に渡り終えると、クラン・ワルキューレの皆さんは神に祈りを捧げて食べ始める。
「これって、大丈夫なのよね?」
「ええ。牛の乳を使っただけですから」
精霊様たちは満面の笑みで頬張るが、クラン・ワルキューレの皆さんは少し躊躇している。
ホワイトシチューはあまり食べないんだろうか?
「……なにこれ」
「こんなの初めて……」
恐る恐る一口シチューを口にすると、その表情が一変する。
うん。美味しくできた。
ラビットの肉も臭みがない鶏肉に近い味で美味しい。
野菜と肉の味がシチューに溶け込んでいて、クリームシチューの味をより深みのあるものにしている。
ご飯が欲しくなるな。ご飯も炊けばよかったか。
「こーた。おいしいよ」
「しろいかれー?」
「わたしはこれがいちばんなの」
周りを見渡せば賑やかなのは精霊様たちだ。カレーじゃなくシチューなんだけどなぁ。
ただクラン・ワルキューレの皆さんは何故か無言で食べている。
「コータ。これ、いくら出せばいいの?」
クラン・ワルキューレの皆さんで最初に口を開いたのはソフィアさんだった。
「お金ですか? お金なんて取るはずないじゃないですか。皆さんにはお世話になっていますし、若い女性と食事をするんですから当然ご馳走しますよ」
せっかくのキャンプだし、みんなで美味しいものを食べたいじゃないか。
なぜそこで驚くんだろう。
頼まれてもないものを作って配った料理でお金なんかとるはずないのに。
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