第10話・ゴブリンVS秘密道具

「では周囲の探索をしますわよ。コータは精霊にお願いして探索をしてください」


 何度目かのゴブリンの巣に到着した。


 まずはこのゴブリンの巣を中心に広域で探索が行われるようだ。


 ゴブリンの縄張りと周囲の魔物の状況や、巣の出入り口がほかにもないかなど調べることは多いらしい。


 ゴブリンの特徴として繁殖力の高さにあるとソフィアさんが先日教えてくれた。同族であるゴブリン以外とも繁殖が可能で、そして繁殖数や繁殖頻度も高いとのこと。


 森の秩序を乱す存在。無論のこと天敵もいるらしい。人族とこの世界で呼ばれている知的生命体や上位の魔物が天敵とのことだ。


 巣を見つけたら殲滅するのが当たり前のようだった。




「周囲に別の出入り口はなし。ウルフやラビットがいる以外は危険な魔物もなしですか」


「リーダー。早くやろうよ」


「そうですわね。日暮れ前に終わらせたいですわね」


 幸いなことにゴブリンを退治するのに障害はないらしい。ただ探索でかなり時間を使っていて、もうすぐ午後から夕方になるころだった。


「コータは精霊で周囲の警戒をお願いします」


 指揮はアナスタシアさんがするらしい。作戦は単純でゴブリンの巣の入り口を制圧してあぶりだして一匹ずつ退治していく。


 それぞれに得意な戦い方があり、クラン・ワルキューレの皆さんはチームとして戦うらしく、私にできることは多くはない。


 精霊様は森の悪い子を退治するんだと張り切っているけど、出番はないだろう。


「コータ。マスクある? ないなら貸してあげるわよ」


「マスクですか?」


「うん。煙り玉で中からあぶり出すのよ」


 皆さんがそれぞれ配置に着く中、布のマスクを装着している。


 私は後方から魔法で援護するソフィアさんと一緒に周囲の警戒をすることになったが、ソフィアさんが予備のマスクを貸してくれた。


「煙り玉ですか……。ならこれも使えませんか?」


「なにこれ?」


「ゴブリン駆除の煙が出るものだと思います」


 マスクを装着していると、ふと煙りが出る道具がリュックにあることを思い出した。


 日本でよくあるゴキブリ退治の煙が出る害虫駆除の商品と似てるものだ。


「ゴブリンポイポイ? なにこれ?」


 それはここ数日の間にリュックの中身を確認していた時にキャンプ道具と一緒に入っていたものだ。


「なんですの。それは……えっと、本製品はゴブリン専用の駆除薬です。使用上の注意を読んでお使いください? 人体には無害です。ほかの魔物にも通じません。キャンプを邪魔するゴブリン退治にお使いください? クーリングタイムは一日です」


 アナスタシアさんも珍しいのか、ゴブリンポイポイと名前が書かれている道具を横から見ていて、注意書きを読んでいる。


「ねえ、キャンプってなに?」


「ええっと、野営のことですかね。旅に出る前にお世話になった人にいただいたんです」


 ああ、明らかに女神様が書いた説明だ。


 よくわからないが、効果はあると思う。


「まあ、いいでしょう。せっかくですから煙玉と一緒に使ってみましょう」


 アナスタシアさんはこんな魔道具みたことがないと首をかしげていたが、ゴブリン退治とはいえ油断は禁物だと使うことにしたみたい。


ベスタさんのような剣士が数人で入り口付近にいたゴブリンを剣で瞬く間に倒すと、煙り玉を巣穴に投げ込みゴブリンポイポイを作動する。


 プシューとゴブリンポイポイから出る煙が巣穴へと入っていく。どうもソフィアさんが風魔法で煙りを中に誘導しているようだ。


 クラン・ワルキューレの皆さんの顔は真剣だ。精霊様たちもゴブリンをやっつけるんだと張り切っているが……


「ギャギャ!!」


「ゴブゴブ!!」


 しかし中からゴブリンと思わしき叫び声が聞こえてくると、そのまま静かになってしまった。


『パンパカパーン! レベルが上がりました! レベル6ですよ~。そろそろ異世界に慣れましたか? 油断しては駄目ですからね~』


 あれ? なんで女神様の声が? レベルが上がったというのはどういうこと?




「出てこないね」


「もしかしてあれって……」


 十分ほど待ってみるもゴブリンは出てこない。クラン・ワルキューレの皆さんもポカーンとしている。


 ソフィアさんはまたかと言いたげな顔で私を見ている。


「まさかこれだけで、本当に退治してしまったんですの?」


 アナスタシアさんは改めて煙りが収まったゴブリンポイポイを手に取り見ていた。


 アナスタシアさんたちはゴブリンに有害な煙りでも出るんだろうと考えていたんだろう。私もそうだと思っていたし。


「こーた、ごぶりんひとりでたおしちゃった!」


「ずるい、わたしもおてつだいしたかったのに!」


「ごはんまだ?」


 ああ、精霊様の声で理解した。もうゴブリンがいないことを。


「えーと、予定と違いましたが、ゴブリンは討伐したと思われます。ただ予定と違い巣穴の中で倒してしまったので、今日はこのまま野営して明日巣穴の中を確認して魔石の回収をしましょう」


 なんとも言えない空気だった。皆さんも戸惑っている。ゴブリン退治をするんだと気合いを入れていたのに、なにもしないで終わったので戸惑っているようだ。


 ただ、問題もある。完全にゴブリンを殲滅したか確認が必要だが、ゴブリンポイポイを使って一時間ほど様子見をしたことで、中の確認と後始末の時間がなくなってしまったらしい。


 一応入り口付近のゴブリンを煙りで倒したことは確認したし、精霊様もゴブリンはもういないと太鼓判を押してくれたんだけど。


 後始末がどのみち必要なようだ。




 結局今日はゴブリンの巣から少し離れた安全な場所でキャンプをすることになった。


 クラン・ワルキューレの皆さんは戸惑っていたが、無事に退治できたからと大きな不満はないみたい。


 私は食事係に全員一致で決まると、クラン・ワルキューレの皆さんは森で焚き火ができる薪を集めて、ちょうど遭遇したラビットというウサギの魔物を数匹狩って戻ってきた。


「コータ。あなた自重って言葉知ってる?」


 せっかくなのでテントを張ったりして待っていると、戻ってきたソフィアさんにポンと肩を叩かれて一言つぶやかれた。


 自重という言葉は知ってる。私の道具が普通じゃないことも。


 ただお世話になっているクラン・ワルキューレの皆さんに隠す必要はないと思っただけだ。


「……」


「なんでトイレがあるの?」


「しかも綺麗……」


 ああ、クラン・ワルキューレの皆さんが驚き固まったのは、キャンプ道具のひとつであるトイレだった。


 見た目は工事現場や災害時などで臨時に設置されるトイレと似ている。


 実はこれ、リュックに入っていた簡易トイレと書かれていた段ボールを開けたら出てきたものなんだ。


 最初は日本であった携帯トイレかと思ったんだけど、随分と本格的なものらしい。


 精霊様たちといろいろいじっていたら、水洗トイレでウォシュレットとトイレットペーパーも完備しているし電気もつく。片付ける時は入口付近にある撤去ボタンを押せば段ボールに戻る。


 精霊様いわく神器らしく女神様からの贈り物らしい。


 クラン・ワルキューレの皆さんはそんなトイレになんとも言えない表情で私を見ていた。


「コータ……貴方……」


「結婚して!」


「違うでしょ!!」


 アナスタシアさんが真剣な表情でなにかを言いたそうに言葉を紡ぐが、それを遮るように突然結婚の申し込みをしてきたメンバーにツッコミを入れている。


 結婚? 突然言われても……


「愛人でもいい!」


「ちょっとずるいわよ!」


「貴女たち……」


 頭を抱えるアナスタシアさんを無視した数人の女性が興奮したように私に迫ってくる。


 えっと、どうすればいいのだろうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る