第12話・森の夜

「ぐっすり寝てるよ」


「寝顔はまだ子供だね」


 冷たい夜風が吹いていた。


 たき火を囲むように見張りをしていたのは、ソフィアとベスタとマリアンヌとアナスタシアになる。


 ふとベスタとソフィアは、小型のドーム型テントでひとり眠るコータの寝顔を覗くと笑っていた。


 クラン・ワルキューレのメンバーはロッジ型の大型テントで寝ている。もちろんロッジ型テントもコータのテントだ。


 余談だがこの世界にも当然テントはある。冒険者はあまり持たないが、遊牧民などはテントを持つし、商人や貴族などに軍では使うこともある。


 もちろんコータのテントが、それらのテントとは形も利便性も違うのは言うまでもないが。


「何者なのでしょうね。精霊との親和性が高いので悪い人ではないのは確かでしょうが」


 一方マリアンヌはコータの素性に興味を抱いていた。


 この世界でも世の中は弱肉強食な部分はある。弱い者は泣き寝入りすることも多いが、当然ながら信頼できる人も存在する。


 そのひとつが精霊使いと言われる者たちだ。


 精霊とは世界を構成する自然の力。神がこの地に与えた大いなる調停者だと言われている。


 それは人類的な価値観の善悪ではなく、世界にとって善か悪かを見極めていると伝わる存在だ。


 そんな精霊と意志疎通が可能な者は、神託を受ける神官と同等に信頼される存在だった。


 ただ精霊とは気まぐれで、時として人類には理解できない行動をするとも言われる存在でもある。


 この世界の常識として、決して悪人には精霊の加護はないということになる。


 それゆえソフィアとクラン・ワルキューレは、コータを信じて助っ人を頼んだのだが。


「神の使徒だったりして」


「まさか。そんなのただのおとぎ話でしょ?」


 ソフィアはマリアンヌの疑問に、ふと子供の頃に聞いたおとぎ話を思い出していた。


 この世界の神は創造神を筆頭に多数存在するが、過去にはそんな神の使徒が現れたという伝説がおとぎ話として語り継がれている。


 信憑性が低いのは、この世界の国家の大半が神の使徒の子孫だと自称しているせいだろうか。


 部分的には民主的な合議が存在する国や町に種族があるが、基本は王侯貴族による封建制の統治がこの世界の国家になる。


 長い歴史の中では賢王も愚王も生まれた世界では、神の使徒というのはあまり信じられていない。神の使徒の子孫というのは、王侯貴族が人を従える理由のひとつであり、ただの方便だと考える人が多かった。


 ベスタとソフィアもそのタイプだったが、マリアンヌとアナスタシアは冗談として笑っているふたりと対象的になんとも言えない表情をしている。


「人の過去を詮索するのはおやめなさい」


「そうですね。申し訳ありません」


 特にアナスタシアは面白半分で他人の過去を詮索する行為に不快感を示すと、たしなめるように注意した。


 話のきっかけを作ったマリアンヌは、そんなアナスタシアの様子に素直に謝罪すると空を見上げた。


 クラン・ワルキューレのメンバーとて、人に知られたくない過去のひとつやふたつはある。


 コータが何者かは知らないが、善意で手を貸してくれている人を詮索するのは恩を仇で返すようなものであり、してはいけないことだと少なくとも彼女たちは考えていた。






「ねえ、なにしてんの?」


「体を動かしているんですよ。朝にこれをやると気持ちがいいんです」


 朝だ。皆さんのおかげでよく眠れた。


 朝露と朝の匂いがする中で起きた私は、テントの前でラジオ体操をしている。


 もともと前世では年を取ってから病気がちになり、健康のために始めたんだが、今では朝の習慣としてこの世界に来てからも続けている。


 最近では精霊様も覚えたようで、みんなで並んでラジオ体操をしているんだ。


 もっともクラン・ワルキューレの皆さんには精霊様がみえず、私がひとりで不思議な動きをしているように見えたようで、意味を聞いてきていた。


 無論、体を動かしているのは私ばかりではない。


 クラン・ワルキューレの皆さんも、それぞれに鍛錬をしていたりする。武器で体を動かす人や瞑想のように集中している人もいるんだ。


 朝食は簡単に済ませる。


 クラン・ワルキューレの皆さんにリクエストを聞くと、昨日のお昼のスープがいいというので、コンソメスープの素と余りものの野菜で簡単なスープを作り黒パンと共に食べる。


「こういう場合、危険はないのですか?」


 荷物を片付けるが、女神様仕様のキャンプ道具は片付けもほぼワンタッチで早い。


 リュックを背負い昨日退治したゴブリンの巣に戻ってくると、後始末のために洞窟に入ることとなった。


 そこは崖の下に掘られた小さな洞窟だ。


 大人ふたりが並んで歩くには少し狭く、なによりゴブリンの身長に合わせたのか高さが足りない。


「ありますわ。ゴブリンの巣穴でも罠などある可能性はあります。それに今回は大丈夫でしょうが中に別の魔物もいたり、また巣穴に入っている時に入り口から別の魔物が入ってくることもあります」


 私は外で見張りを頼まれたので、同じく見張りをしているアナスタシアさんたちと話をするが、ふと訊ねた疑問にアナスタシアさんは丁寧に答えてくれた。


「ゴブリン退治とか経験ないの?」


「はい。初めてです」


「そりゃあ、好き好んでしないわよね。報酬もあんまりよくないし」


 そのままアナスタシアさんたちにゴブリン退治のコツや注意点を教わるが、私がゴブリン退治などに慣れていないことはお見通しだったのだろう。


 ほかのメンバーは、ゴブリン退治は重要性が高い割には報酬がよくないと愚痴をこぼしている。


 一応魔石を冒険者ギルドとやらに持っていくと、買い取り額に褒賞金が加算されるらしいが、苦労の割に実入りが少ないので普通は駆け出しの冒険者や地元の村人が狩ることも珍しくないらしい。


「この手の洞窟は注意が必要ですわ。魔法など強力な攻撃は洞窟が崩れる危険があるので使うのに注意が必要です。狭いところでは戦うのも大変なので、中に攻め入ることはあまりありませんわね」


 その後、後始末はお昼を前に終わった。


 ゴブリンの上位種だというゴブリンソルジャーがいたとの報告があったが、それ以外は特に問題もなく終えることができた。




「コータ。これからどこに行く予定なの?」


「特に予定はないですね」


「なら私たちと一緒にフルーラの町まで来ない?」


 森は精霊様のおかげで安全に移動することができた。


 森を抜けて村が見えてくる。あと少しでこの仕事も終わりだ。


 クラン・ワルキューレの皆さんとはこれでお別れなので、これからのことを少し話していると近くの町まで一緒に来ないかと誘われた。


「そうですね。ご一緒してもいいかもしれませんね」


「やった! 町を案内してあげるわよ」


「ちょっと抜け駆けはやめてよね!!」


 今回のゴブリン退治で私は無知なのだと自覚した。


 クラン・ワルキューレの皆さんに常識などを教わりつつ、一度町に行くべきだと思う。


 前世と合わせると精神年齢はいい年だし、散々苦労もした。でもそれが私の経験になっていたかといえばそうは思えない。


少しくらいのことでは動じない自信があるが、それが悪い意味で鈍感になっている気もする。


 所詮は底辺で生きていた孤独な老人でしかなかったということか。


 若返った影響はいろいろあるのかもしれない。体は軽いし晩年は苦労した物覚えもよくなったし、なかなか思い出せないことが多かったのがなくなった。


「よろしくお願いします」


 はしゃぐ若い女性を見ていると、若返ったことが実感できて私自身も楽しくなってくる。


 精霊様たちも町についてくるようで、私の周りで楽しげに騒いでいる。


 ここからが本当の旅の始まりなのかもしれない。


 どんな世界か楽しみで仕方ないね。

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