第13話・初めての……

 ゴブリン退治から二日。私はクラン・ワルキューレの皆さんと一緒に旅をしていた。


 彼女たちに評判がよかったのは食事とトイレだ。前者は言うまでもないだろうが、後者は本当に感謝されている。


 価値観の違いがあるとはいえ、野外での排泄はあまりうれしくはないのだろう。


 ただ、やはりほかの冒険者や商人がいるところでは、あまり使わないようにしたほうがいいとは言われた。


 クラン・ワルキューレほどになるといいのだろうが、私の見た目が子供にしか見えないのが原因だろう。


 移動は馬車と馬での騎乗だった。移動速度がなにより違うのが理由だと思う。


「こーた、こーた、まえでにんげんさんがたたかってるよ!」


 程よい天候の中、馬車に揺られている私はウトウトと眠りかけていることが多い。


 そんな時、馬車の中で遊んでいた精霊様たちが騒ぎ出した。


「アナスタシアさん。前方で人が戦っているようなのですが……」


「まだ見えませんわね。相手は人ですか? 魔物ですか?」


 私は基本的にはお客さんらしく、特になにもしなくていいのだが、周囲の索敵は精霊様たちが一番早い。


 昨日から誰が先に危険を見つけるかで精霊様たちが競争しているせいで、ますます魔物を見つけるのが早くなった。


「はーい、あいてはおなじにんげんさんだよ」


「ふしぎだよね。にんげんさんは、おなじにんげんさんとたたかう」


「わるいにんげんさんがいるんだよ!」


 さっき森で収穫した梨もどきの皮を剥いてあげたから、精霊様たちは梨もどきを食べながら教えてくれた。


 精霊様にも個人によって知識に偏りがあるのは最近知ったことだ。


「相手は人のようです」


「賊かあるいは……。いずれにせよ、見捨てるわけにもいきませんわね」


 緊張感のない精霊様たちと対照的に、クラン・ワルキューレの皆さんは相手が人だと教えると表情が険しくなった。


 精霊様たちの中には同じ人間同士で戦うことを不思議だと語る精霊様がいるが、私はむしろ怖いのは同じ人間だと思う。


「ただの賊だといいんだけどね」


「それ以外にもあるのですか?」


「まあね。特定の人を狙った場合とかいろいろね」


 馬に騎乗しているメンバーが先行して偵察に向かい、馬車のスピードも上がる。


 そんな車内でソフィアさんが面倒事でなければいいと呟いた表情が気になった。


「賊だ!!」


 ほどなく偵察に行ったメンバーの声が響いた。


 前方に見えてきたのは、馬車を囲む十人ほどの人がいる光景だった。


 馬車は更にスピードを上げて、弓や魔法など遠距離から戦える者は馬車の中から戦闘準備をしている。


「こーた、わたしたちもてつだう!」


「じゃあ、みんなを守ってあげて」


「うん!!」


 おやつタイムだった精霊様たちは、口をモグモグさせながら参戦するつもりらしい。


 そういえば本来の精霊魔法は精霊様にお願いするのではなく、精霊の力を自らの意志で操ることで魔法を使うとソフィアさんに聞いた。


 私のやっていることは精霊魔法ではなく、精霊召喚なのではと言われた。


 ただ正直魔法の使い方がまだわからないので、ほかにはどうしようもないが。




「野郎ども、女だぞ!!」


「うおおお!!」


 途中、賊が放った炎がこちらに向かってきたが、精霊様が防いでくれたらしく無傷だ。


 敵の顔が見える位置まで来ると、敵がクラン・ワルキューレの皆さんの姿を見て興奮しているのが見えた。


「こちらクラン・ワルキューレだ! 貴様らなにをしている!!」


「たっ、助けてくれ!!」


「ちっ、やべえ奴らが来た! ずらかるぞ!!」


 騎乗で先行していたベスタさんが争う者たちに名乗りをあげると、馬車の陰に隠れていた男性が助けを呼んでいて、囲んでいた男たちが一斉に逃げ出した。


「全員捕らえなさい!!」


 ただ逃がす気はないようだ。アナスタシアさんは自ら馬車から降りると細身の剣を抜いて先陣を切るように賊と思わしき男たちに駆けていく。


「にがさないの!」


「わるいこはおしおきなの!」


「あのにんげんさんだけは、にがしたらだめなの!」


「こーた。まほうのちからもらうの!」


 クラン・ワルキューレの皆さんが馬車から降りて逃げ出す賊を追う中、真っ先に逃げ出そうとしていた賊の頭と思わしき男に精霊様が強く反応する。


「追ってこられるもんなら来てみやがれ!」


 だが、男は八本足の馬に乗ると、いの一番に逃げていく。


「スレイプニルだと!」


「奴はスレイプニルのゴルバだ!」


 どうやら有名な人らしい。アナスタシアさんが雑魚など関係ないとばかりに加速して男を追うが、八本足の馬はまるで飛行機のように速い。


「え~い!」


 これは逃げられるなと思った瞬間、馬車の前で踊っていた精霊様たちが光り輝く。


 緊張感のない掛け声だが、表情は真剣だ。


 そして次の瞬間には八本足の馬に、足元の草が絡みついて行ったかと思うと、動きが遅くなり八本足の馬と男は次々と草に絡まれて止まってしまう。


「コータ! そのまま押さえておいて!!」


 アナスタシアさんは、鎧まで身に着けて走っているのに普通の馬より走るのが速い。


 私に聞こえるように大声で指示を出すと、そのまま男の首に白く淡い不思議な光をはなつ細身の剣を突き立てた。


「おのれえええ!!」


 男はそれでもまだ逃げようとするが、精霊様たちは今も踊っていて、どんどん草が絡まっていく。


 アナスタシアさんはわずかに返り血を浴びながらも剣を一旦抜くと、今度は容赦なく男の首を落として終わった。




「こりゃ、大物だね」


「まさかこんなところで会うなんてね。領軍から賞金稼ぎまでみんな狙っていた奴なんだよ」


 賊は一人を除き全員を殺していた。


 その光景に私は言葉が出なかったが、クラン・ワルキューレの皆さんも精霊様たちも誰も驚いていない。


「ありがとうございました! 本当にありがとうございました!」


 襲われていた馬車の男性は腰が抜けたように這って歩きながらも、クラン・ワルキューレの皆さんに涙ながらにお礼を告げている。


 男性の馬車は幌があちこち破れていたりするが、馬と中の荷物はなんとか無事らしい。


 賊たちは身分証らしきカードと武器や防具と荷物を取ると放置して終わるようだ。例外は頭らしき男だ。彼だけは証拠のために首を持って帰るとのこと。


「こいつらには殺された人が多いからね。みんな喜ぶよ」


「コータ。お手柄だね。こいつは賞金が物凄いよ」


 しばし放心状態だった私だが、クラン・ワルキューレの皆さんが嬉しそうに声をかけてくれたことで我に返った。


「コータ。あんた、賊は初めてかい?」


「ええ。まあ……」


「町に行けばわかるよ。こいつらには多くの商人や冒険者が殺されたんだ」


 しかしなんとも割り切れないものが私の中にあったことを、ベスタさんは見抜いていたようだ。


 ポンポンと頭をなでるように叩くと、助けた商人を見るようにと教えてくれる。


「スレイプニルのゴルバ。元冒険者の盗賊さ。強いのもあるが、相棒のスレイプニルでの逃げ足の速さはAランクの冒険者からも逃げだせるからね」


 そのままベスタさんは賊の正体を教えてくれるが、相当の悪党だったらしい。前世でも殺人はしていないが、同じような人を私は何人か知っている。


 人を食いものにして命を命とも思わない外道。被害者は守られなかった法律に守られていた屑のような連中を思い出す。


「あれをごらんなさい」


 そしてアナスタシアさんが見ろと言ったのは、亡くなった護衛の冒険者たちだった。


 まだ若い十代の男女が無残に殺されている。


 私はせめて彼らが天国に行けるようにと祈らずにはいられなかった。


 そんな私の心を読んだのか、精霊様たちが亡くなった冒険者たちの前で踊り出した。


「あれは……」


 精霊様たちの踊りで亡くなった冒険者の体が光り輝き、まるで成仏するように光の粒が天に向かって還っていくのを私とクラン・ワルキューレの皆さんは静かに見ていた。



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