第35話・不穏な気配

 町に戻ってゆっくりしている暇もなく、新しい旅に出発だ。


 二台の馬車と二頭の馬にスレイプ君に騎乗しての旅だ。メンバーはクラン・ワルキューレの皆さんと私とパリエットさんになる。


 私はスレイプ君に乗ってのんびりした旅だ。


 町を出ると周囲に畑が広がっているが、それもしばらく走るとみられなくなる。相変わらずスレイプ君がいると魔物が襲ってこないので楽ちんだね。


「やはり付けられているわね」


 街道を行き交う旅人と挨拶を交わしながら進むが、馬たちの休憩のために止まるとアナスタシアさんはため息交じりに私たちが尾行されていると明かした。


 でもすごいね。精霊様たちは町を出たところから気付いていたが、当然見える範囲にはいない。


「この調子だと夜に襲われちゃうなぁ。怖~い。コータ、私を守って~!」


 尾行に気付いたのは多分この人。偵察と斥候のアンさんだ。


 身軽で索敵が得意らしいが、お調子者でなにかと絡んでくる人だ。容姿とスタイルは平均的だが、積極的な性格らしく結構モテると自称している。


 嫌というわけではないが、なにかと理由を付けて抱き付くことはやめてほしい。私は子供じゃない。


「無謀」


「このメンバーとスレイプニルと精霊たちがいるとあんまり危機感覚えないわよね」


 ああ、尾行されているが、みんなに危機感はあんまりない。


 スレイプ君はオレに任せろと言っていると精霊様が教えてくれたし、精霊様たちも返り討ちだとやる気になっているしね。


 パリエットさんはそれを感じるのだろう。一言で切り捨てるが、ソフィアさんも戦力的にまず危険はないと楽観視している。


「油断はダメよ。スレイプ君と精霊様たちはやり過ぎもしないようにお願いね」


 アナスタシアさんは、そろそろこのメンバーを統率するのも慣れてきたようだ。


 楽観視するメンバーを引き締めつつ、スレイプ君と精霊様たちには逆のお願いをしている、


「まかせるの!」


「しぜんはたいせつだよ。ひがいなんてださない」


「ちがうって、あなすたしあはころすなって、いっているんだよ」


 ちなみに精霊様たちのブレーキ役は知識の精霊様らしい。彼もゴルバの時のように時々暴走するが、一番アナスタシアさんたちの言いたいことは理解してくれている。


 そういえばスレイプ君は本気で魔法を使うと、威力があり過ぎて周囲へ被害が出るって誰か言っていたな。ちゃんと自重してくれているらしい。


「でもさ。このトイレは反則よね。これひとつでコータは稼げるわよ」


 休憩中、私は例によって快適な神器の仮設トイレを設置している。皆さんがトイレタイムなんだ。


 通常は町の外だと野外で用を足すのだが、トイレットペーパーなんてないらしく大変らしい。森なんかはまだいいが、周囲に隠すものがないと丸見えだしね。女性にはつらいだろう。


 プライバシーもないからか旅人や冒険者たちが男女混合で仲間を組むと、よく問題が起きるんだろうね。


 最後に入ったソフィアさんが出てくると、ボタンひとつで元のダンボールに収納されるのでリュックに仕舞うんだ。




「こーた。たいへんなの!」


「このさきにまものがあつまっているよ!」


「にんげんさんがあつめたみたい!」


 そろそろ今夜のキャンプ地を探そうかとしていた頃、周囲の偵察に行っていた精霊様たちが慌てて戻ってきた。


「どういうこと?」


「わからない。でもわるいひとなの」


 大変だ。アナスタシアさんたちに知らせないと。


「男爵の仕業とみるべきでしょうね」


 急遽作戦会議となるが、アナスタシアさんはタイミング的に審議官の男爵が用意した罠だと結論付けた。


 魔物を集めること自体は難しくないんだそうだ。魔物の好物や魔物寄せの魔道具に薬なんかもあるみたい。


 本来は魔物を誘導して村や町から引き離すために使ったりするものらしいが、悪用すれば魔物を意図的に誰かにけしかけることも出来るようだ。


「襲われるのを待っているのは性に合わないよ。相手が魔物ならさっさと片付けちまえばいい」


「ですが、ほかにも罠があれば……。相手は腐っても男爵ですよ」


 皆さんの意見は割れていた。ベスタさんはこちらから仕掛けて魔物を討伐してしまえばいいと言うが、マリアンヌさんは二重三重の罠を警戒している。



 難しいな。素人の私にはわからないが、精霊様たちはやる気なんだよなぁ。






「おい、早くずらかろうぜ」


「ああ、待て。もう少し集めてからだ。相手はワルキューレとスレイプニルだ。雑魚などいくらいても役に立たん」


 その頃コータたちの場所から数キロ先では、一見すると行商風の二人組が百以上集まった魔物たちを離れた場所から眺めていた。


「しかし男爵殿も怖いもの知らずというか、なんというか。侯爵家を敵に回してどうするのかねぇ」


「さあな。俺たちには関係ないことだ」


 二人はとある犯罪組織の末端だった。表の顔と裏の顔がある小悪党だ。


「来たな」


「ワイバーンか。三匹とは下手すれば近隣から村が幾つかなくなるな」


 男たちが待っていたのはただの魔物ではなかった。


 少し離れた山脈に住むワイバーンだ。滅多に山から下りてこないが、今回は山の近くから誘き寄せることを彼らの仲間がしている。


 ワイバーン。それは亜竜種と呼ばれていて、物理防御力も魔法防御力も高い。討伐レベルは一匹でもAランクに相当し、人間にとっては難敵となる。


 王都にはワイバーンに騎乗する竜騎兵が僅かにいるが、あれは子供の頃から人が育てたワイバーンであり、気性も強さも野生のワイバーンは桁違いだというのがこの世界の常識だった。


「ギヤァァァ!!」


 山から誘い出されたワイバーンは不機嫌らしい。さっそく地上にいた誘き寄せられた魔物たちに襲い掛かる。


 魔物たちは特別な魔道具で大人しくさせていたため、ほぼ無抵抗に殺されて食われていく。


「いくぞ」


「ああ」


 ただ、男たちはここでワイバーンがお腹いっぱいになって山に帰られては困るのだ。魔物をクラン・ワルキューレの方向に誘導するべく動きだす。


 所詮は知恵のない魔物だとあざ笑うかのような二人は、多少の逃げていく魔物を除いて、大半の魔物をクラン・ワルキューレの方向に誘導することに成功した。


 チリーン、チリーンと。魔物を惑わせて誘う誘魔の鈴という魔道具の音色が、大自然の中に静かにされど確かに響いていた。




「わるいにんげんさん。おぼえた」


「ゆるさないよ。せっかくさいた、おはなさんがふまれた」


 しかし男たちは気付いていなかった。


 そんな彼らを間近で見ていた精霊がいたことを。


 自然の和を乱し、世界をいたずらに混乱させる存在を精霊たちが許さないということを彼らは甘く見ていた。




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