第49話・コータとゲル君
「ブルルル!!」
「あ~あ、今拭くのに……」
お風呂からあがると、体の芯からホカホカする。ワルキューレのみんなとパリエットさんや精霊様たちは脱衣所で涼んでいるね。
というか脱衣所の冷蔵庫みたいなところに飲み物が入っているよ。さすがに高級宿屋だ。
私は精霊様たちとスレイプ君の体を拭いていくが、待ちきれないのかスレイプ君が体を震わせて水しぶきを飛ばしてしまった。
あー、これは床と壁も水しぶきは拭かないと駄目だな。
「……床は拭かなくていいわよ。こういうところは人を呼べば、すぐに片づけてくれるわよ」
「自分でやってもすぐに済みますから」
精霊様たちとスレイプ君の体を拭き終えると、ワルキューレのみんなとパリエットさんも服を着ていた。
ちょうどいいから浴室と脱衣所を片付けて軽く掃除して綺麗にしておこう。ゲル君たちも入るしね。
アナスタシアさんたちには、なぜ掃除までするのかと不思議そうにされるが、自分で出来ることは自分でする。長年の習慣だね。
よし。綺麗になった。
「お風呂いいわよ。ここが一番広くて気持ちいいわ。せっかくだから入るといいわ」
「はい!」
脱衣所から出ると、なぜかゲル君とバーツ君に冷たい視線を向けられた。なんでだ? 混浴が羨ましかったのか? 普通にお風呂に入っただけなのになぁ。
入れ替わるようにお風呂に入ったのはマリーちゃんとターニャちゃんだ。
ターニャちゃんはスレイプ君が気に入ったのかお風呂に誘っていたが、さすがにお風呂から上がったばかりでスレイプ君はその気にならなかったみたい。
がっかりしていたので、後で一緒に遊んでもらおうか。
「よし、洗濯をしよう」
お風呂から上がった私は精霊様たちとスレイプ君に果物を切ってあげると、三つあるうちの使ってないお風呂場で自分の衣類を洗濯する。アナスタシアさんたちは宿屋の人に頼むらしいが、私は慣れているしすぐだからね。自分のものは自分で洗う。
ごしごしとしっかり洗う。昔は貧しくて洗濯機がない時もあったんだ。手洗いは慣れている。
「ぶるる?」
「こーた、あそぼ」
「あそぼ」
「うん? ちょっと待っていて。もう終わるから」
数日分の衣類を洗っているとスレイプ君と精霊様たちがやってきた。果物を食べ終えて暇になったらしい。
しかしスレイプ君。大きいと威厳があるほどなのに、小さいと子犬か仔馬のようにも見えるね。
洗濯が終わり精霊様たちとスレイプ君と遊んでいると夕食になる。
今夜は宿屋の料理だ。
「美味しそうですね」
食事は部屋でゆっくり食べられるらしい。これも実はこの世界に来てから初めてだ。この世界の一般的な宿屋では食堂兼酒場で宿泊客が一緒に食べるのが一般的らしいからね。
メニューは魚料理のオンパレードだ。
しかも高級レストランのように盛り付けも見事だ。私はここまではできないからね。ワルキューレのみんなとパリエットさんも楽しみみたい。
少年少女たちはと見てみるが、こっちは緊張したように少し固まっている。ああ、食べたことがない御馳走で、どうしていいかわからないのか。
「この辺りは海があるから、魚料理が美味しいのよ。さあ、みんなもマナーとか気にしなくていいわ。好きに食べて」
「はい!!」
そんな少年少女たちの様子にアナスタシアさんも気付いたんだろう。人目もないことからみんなで気楽に夕食を食べることになる。
「……なにをしているの?」
私はいつも通りに精霊様たちとスレイプ君にわけてあげていたが、そんな時ターニャちゃんが不思議そうに声をかけてきた。
「精霊様に食事をわけているんですよ」
精霊様が見えない彼女には、私がひとりで料理を小分けにして変な食べ方をしているように見えたのかもしれない。
ほかにはパリエットさんも自分の精霊様にご飯をあげているが、私と人数がまったく違うんだよね。
「ぷっ、精霊が見えたりご飯食べたりするわけねえだろ」
「ゲル、ちょっと止めなさいよ」
ターニャちゃんはそんな私の答えに相変わらず不思議そうに小首をかしげているが、ゲル君が私の言葉に噴き出すように笑ってしまい、マリーちゃんに怒られている。
マリーちゃんもどちらかと言えば、信じているというよりはアナスタシアさんが不快に思うのを避けたいだけのようで、私には少し疑いの目を向けている。
「しつれいなにんげんさんなの!」
「わたしたちもごはんたべるよ?」
「みんな、あのにんげんさんにおしえてあげるよ!」
アナスタシアさんたちは、そんな少年少女たちに少し苦笑いを浮かべているだけだ。精霊様が見えるのですらエルフのパリエットさんだけなんだ。
普通は信じないよね。
ただ、精霊様はちょっとご立腹みたいだ。ああ、ご飯を中断して配置に着くと踊り始める。
私はいいのかなとパリエットさんを見るが、仕方ないと言いたげだ。そもそも人と精霊様は互いに尊重するのが基本なんだと教えてくれた。
パリエットさんは精霊様の言葉は聞けないみたいだが、ゲル君の言葉に精霊様が不快に思ったのは感じたんだろう。
理不尽に我慢しろとは言えないんだろうね。
「なっ……」
「なにこれ……」
精霊の陣。ワルキューレのみんなやパリエットさんはそう呼んでいる。
複数の精霊が協力して大きな奇跡を起こす現象として知られている。エルフ族にとっては高位の精霊使いにのみ許された奥義なんだとか。
エルフ以外の人族にとってはそれこそ精霊の奇跡としか言えないこと。
ただ、私と一緒の精霊様たちにとっては、割とちょくちょく使う便利な技程度の認識しかない。
普通の人が協力して仕事をするように精霊様にとっては奇跡でもなんでもないみたい。
ぱあっと、暖かい光が部屋を包むと私とパリエットさん以外にも精霊様たちがみえるようになったようだ。
少年少女たちは本当に動かなくなった。状況が理解出来ないんだろう。
「ぼくたちだって、おいしいものたべるんだよ!」
「しつれいなの!」
「こーたにあやまって!」
精霊様たちは姿が見えるようになって最初にしたことは、ゲル君への抗議だった。
十数人の精霊様たちがゲル君を囲むようにしてプンプンと怒って見上げている。
「えっ、えっ、えっ」
ゲル君は事態を理解したのか、それとも理解出来ないのか目に涙を浮かべて戸惑っていて、助けてほしそうにマリーちゃんたち仲間やアナスタシアさんたちを見ている。
「ふふふ。人を侮辱するのは恐いことなのよ。よくわかった?」
「……はい」
「コータはエルフも認める優秀な精霊魔法の使い手なのよ。残念だけど貴方たちじゃ手も足も出ないわ」
「ごめんなさい」
さすがに可哀そうなので精霊様たちをなだめようとしたが、先にアナスタシアさんがゲル君に優しく声を掛け始めた。
でもゲル君。少し顔が赤いよ?
「痛い! なにするんだよ!」
ほら。マリーちゃんが怒ってゲル君の足を抓っちゃった。
「鼻の下伸ばしてないで、ちゃんと聞きなさい!!」
あれはヤキモチだね。いいなぁ。ゲル君。可愛い彼女がいるんじゃないか。
「うみのおさかなもおいしいね」
「こんどこーたにりょうりしてもらおう!」
肝心の精霊様は、アナスタシアさんが声を掛けたことで大人しくなったゲル君に満足したのか、すでに食事に戻っている。
根に持つとかはないからね。精霊様は。
「スレイプ君。わたしのも食べて」
「ヒヒーン」
ちなみにターニャちゃんはいつの間にかスレイプ君と仲良しになっていた。
この子は意外にちゃっかりしているのかな?
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