第48話・コータ、知らぬ間に地雷を踏む
「本当に入っているよ……」
「覗いたら死刑よ! 死刑! 侯爵様のお嬢様なのよ!!」
コータとソフィアが浴室に入ると、なんとパリエットとワルキューレのメンバーが全員続いてしまい、少年少女たちは唖然としていた。
見目麗しい女性たちと、男はコータがたったひとりで混浴するなんて信じられないのだ。
ゲルなどはあからさまに鼻の下を伸ばしてマリーに怒られている。
盛りがついたといえば言い過ぎであろうが、若く好奇心も旺盛な年頃なだけに羨ましくないと言えばウソになる。
マリーとターニャは誘われたが、当然入る気が……。
「ちょっと、ターニャ。まさか入る気?」
「うん。小さくなったスレイプニルと一緒にお風呂に入りたい」
「駄目に決まってんだろ! あんなスケベそうな奴がいるのに!!」
ないと思われたが、ターニャは普通に入りに行こうとしてマリーとゲルに止められている。
特にゲルはあからさまに面白くないと言いたげだ。
同じ村で育ち一緒に冒険者になったゲルとすれば、同じ年か少し若いコータとの混浴なんて認められるものではない。
同じ男であるバーツはあまり自己主張をしないタイプだが、こちらも決して喜んではいない。
まあ見た目の年が近いと、どうしてもライバル意識が生まれるらしい。
「スケベってあんたじゃあるまいし。でも変ね。ワルキューレって女性だけのクランじゃなかった?」
「ふん。どうせあいつも助けられたんだろ」
なおマリーとターニャはそこまでコータに悪い印象はない。お昼には食事やデザートまで勧めてくれたのはコータであり、なにより見た目がいい。
人は外見じゃないとはいうが、結局第一印象は見た目である。それに同年代のゲルとバーツは少し子供っぽいところがあり、それと比較するとコータが大人に見えたのも一因だろう。
そんなマリーとターニャの様子もゲルからすると面白くなく、またお風呂場から楽しげな声が聞こえると、余計にゲルを刺激していたが。
あいつは女の敵だと勝手にライバル視していた。
凄い。お風呂場が銭湯のよりも広い。大理石のような綺麗で真っ白な石で出来たお風呂だ。
龍の形をした蛇口からお湯が湧き出ている。昔テレビで見たライオンの口からお湯が出るお風呂みたいな感じだね。
「おふろだ!」
「おふろなの!」
「ヒヒーン!」
そんな広いお風呂にも精霊様とスレイプ君は臆することもなく、楽しそうにはしゃいで走り回っている。
実は精霊様にお風呂を教えたのは私だ。本来の精霊様は眠ることもお風呂に入ることもなかった。
それが私と一緒にいるようになって一緒にお風呂に入り、夜はベッドで横になるようになった。
まあ眠る必要まではなく、実際には寝てはいないようだけど。
フルーラの町のワルキューレの拠点には、大人が二人くらい入れるお風呂がある。フルーラの町にいる時は数日に一回は精霊様と一緒にお風呂に入っていたんだ。
お風呂自体は燃料費がかかるから庶民には贅沢品らしいが、ワルキューレほどの収入があれば入れるみたい。
「ああ、これ使ってみてください。日頃お世話になっているので皆さんの分も用意しました」
「これは?」
私はお風呂での日課である精霊様たちを洗ってあげるつもりだが、その前にみんなにシャンプーとボディソープを勧めてみよう。
キャンプスキルで購入出来るみたいだったから頼んでおいたんだ。
先日聞いたらこの世界にも石鹸はあるが、高級品らしく使ってないみたいだからさ。もちろん自然に優しい天然成分のシャンプーとリンスとボディソープだ。
「へぇ。液体の石鹸なのね」
「そういえば、コータってお風呂上りにいい匂いするもんね。これが原因だったんだ」
しまった。シャンプーとリンスとボディソープを勧めたらみんなが集まってきてしまった。
眼福だが近すぎると逆に恥ずかしくなる。特にアナスタシアさんとマリアンヌさんとベスタさんは外国人のようにスタイルがいい。
まあ厳密にはみんな日本人というより外国人系の容姿なんだが。そうそう、私も髪が黒くなく金髪だ。最近まで気付かなかったけどね。
どうも容姿がこの世界に合わせて生まれ変わったらしい。
「すごい。いい匂いがするし、泡立ちがいい」
高級品だからか、みんなさっそく喜んでシャンプーとボディソープを試している。
見ているのもマナー違反だよね。私は精霊様たちとスレイプ君を洗ってあげよう。
「おふろはきもちいいの」
小人のようなサイズの精霊様たちをひとりひとり優しく洗ってあげる。別に精霊様は汗もかかないし、汚れないんだけどね。
スキンシップになるのかな。精霊様が喜んでいるから続けている。
「ちょっと、すごいスッキリするんだけど。しかも髪が艶々……」
精霊様たちが半分くらい洗い終わる頃になると、ワルキューレのみんなとパリエットさんが驚愕とでも言いたげな表情で騒ぎだした。
「それはみなさん日頃から綺麗だからですよ」
しかしソフィアさん、少し大げさだよ。そんな魔法じゃないから、突然艶々のピカピカにはならない。
みんなもともと髪やお肌の手入れをしているから、効果がすぐにわかったんじゃないかな?
……ん? なんか突然ワルキューレのみんなとパリエットさんが無言になった。
あれ? もしかして言い間違いをしたか? 『日頃から綺麗だから』ではなく『日頃から綺麗にしているから』というべきか?
「コータ。本気にするわよ?」
静まり返った中でのアナスタシアさんの一言がちょっと怖い。しかもみんなの目もマジだ。
誤解だというべきか。流すべきか。
うん。ここは日本人らしく曖昧な笑顔で誤魔化そう。
外国人の男性はよく褒めるとテレビで見たことがある。褒められて悪い気がしないとも言ってたっけ?
大丈夫。嘘は言ってない。
「つぎはぼくのばん!」
「あ、はい。洗ってあげますよ」
さて、曖昧な笑顔で流しながら私は精霊様たちを洗わなくっちゃ。
一方女性陣は曖昧に流すコータを追及しようとまではしていなかった。
とはいえ互いに顔を見合わせて静かにうなずいた。
この男を逃がしてはならないと。
コータが謎のレアスキルを持っていることや謎の道具や食材をたくさん持っていることも気になるが、それ以上に見た目がよくて優しく女にだらしなくないことが大きかった。
白馬にのった王子様がというような物語はこの世界にもある。とはいえ現実は厳しい。
見た目もよく優しくて仕事が出来る男なんて世の中にはそう簡単にはいない。
女は待っているものだなんて価値観では、この世界では生き残れないのだ。
コータが誤魔化すつもりで見せた笑顔と、『日頃から綺麗だからですよ』の一言が彼女たちの胸に深く刺さっていた。
コータ以上の男性を探すなんて無理だろう。その意見で一致した。
「パリエットさんもいいかしら?」
「問題ない」
目の前ではコータが最後にとスレイプ君を楽しげに洗っている。
そんな姿に女心と女の本能の両方に火を付けられたアナスタシアは、パリエットにも確認した。
エルフは長命なので人族とは違い特殊なのだが、パリエットもまたコータが気に入っていた。
この世界では一夫多妻どころか多夫一妻すら珍しくはない。養える力があれば自由なのだ。
逃がさないわよ。女性陣がそんな思惑で一致した時、コータは寒気でもしたかのようにビクッとしていた。
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