第90話・夕暮れの出会い

 ゲル君たちとダンジョン探索に来るようになって五回目だ。


「うん。今の感じは悪くなかった」


 パリエットさんが褒めるとゲル君たちは嬉しそうに笑みを見せる。ダンジョンというところに慣れたこともあるし、サーズさんとパリエットさんの教えを彼らなりに受け止めて頑張っている。


 連携や戦い方は確実に成長していると、素人の私にも分かるほどだ。


 比べるわけではないものの、私は正直、成長したなという実感はない。見知らぬ魔物のとの戦い方は少し覚えた。とはいえレベルも上がらず、スキルを得ることもない。


 ただ、これが普通なんだろうなと思う。ゲル君たちもレベルが上がっているわけではないようだし。毎日、ダンジョンから出ると冒険者ギルドで確認しているけど、ちょっと残念そうにしているんだよね。


「そういえば、ダンジョンには精霊様がいませんね」


 先日からふと気になっていたことをパリエットさんに問うてみる。実は、このダンジョンというところ。私とパリエットさんが連れている精霊様を一度も見ていないんだ。


「稀にダンジョンに住み着く精霊がいるけど、基本的に精霊はいない。理由は分からない。ただ、ここは外とは別の場所だからと教わる」


「ここおもしろくないの」


「おかしいの。みんなのちからがなくてもいいところなの」


 うーん。ダンジョンって不思議だ。精霊様たちは私が来るからついて来ているけど、あまり好きな場所じゃないのは分かっていたんだけど。


「それもあって、精霊魔法使いはあまり得意な場所じゃない。覚えておいて」


 ああ、そうか。この地の精霊様がいないことで、困っても力を貸したり教えてくれたりする精霊様がいないのか。精霊の陣とかでも、力が足りない時は周囲の精霊様たちが助けにきてくれるんだけど。ネクタールの時とか、魔人の時とか。


「ちなみに精霊召喚で呼ぶことは可能。ただし、本来の力より抑えられるとも聞いたことがある。過信は駄目」


 サーズさんがダンジョンに行けって言っていたのは、外とそういう違いがあるからか。私みたいな素人は、覚えておいたほうがいいということだったんだろう。




 結局、今日も特に成長もトラブルもなくダンジョン探索は終わった。


 ダンジョン。改めて不思議なところだなと思う。地面に穴が開いているんだ。周囲は百メートルほどなにもない土地があり、堅固そうな石を積み上げた壁で囲まれている。


 ごく稀に中から魔物があふれ出すことがあるんだそうだ。その対策らしい。


 ダンジョンから出ると冒険者ギルドの出張所で帰還の報告をする。中がどんな様子だったか、おかしなことをした冒険者がいないかとか報告する義務があるんだそうだ。


 あとは倒した魔物の素材や魔石を換金する。入場料を取られるから、ここで換金額が低いと赤字になる。ただし、入場料はギルドランクと比例していて、ランクが高いほど上がっていくみたい。


 初心者は安いので、私やギルくんたちは赤字にならない。儲かることもないようだけど。


「むっ、つよいひと!」


「けいかい! けいかい!」


「わるいひとじゃないよ」


「りゅうじんさんだ!」


 手続きを終えてギルドを出ようとしたところで精霊様たちが騒ぎ出した。ひとりの初老の男性が入って来たんだ。


 ただし、頭に角が二本ある。りゅうじん? 言われてみると龍のような角に見えなくもない。


「フェンリルの子か。珍しいのぅ。しかもスレイプニルもおるわ」


 真っ白で長いひげだ。お腹のあたりまで伸びている、凄みのある鎧を着ていて、腰に剣をさげているからか、髭を生やした武将のような威厳があるお爺さんだ。


「なるほど。そなたがコータとやらか」


 偶然、目が合うと驚いた。なんて目をしているんだ。深いというべきか? 引き込まれると言うべきか? 精霊様たちが騒ぐのも分かる気がする。


 ただ、この人はオレを見て一瞬だけ動揺した目をした気がする。気のせいか?


「初めまして。よろしくお願いします」


 この町だと、そろそろ名前も顔も知られているので、初対面で名前を当てられてもそこに驚きはないんだけど。ギル君たちが固まっているなぁ。別に威圧しているわけではない。ただ、自然に振る舞っているのに緊張するような威厳があるんだ。


「わしはバルド。レッドサーペントというクランの世話をしておる」


 あれ? どこかで聞いたことのある名前だ。誰だっけ?


「なぜここにいるの?」


 トイレに行っていたパリエットさんが戻って来て驚いている。


 あっ、思い出した。小さな村の宿屋にある酒場で、ロリコン冒険者がこの人の仲間だと騙って嘘を言っていた時に聞いた名前だ!


「所用があっての。足を延ばしたまで。久しいの、パリエット。されど、ワルキューレに入ったとは知らんなんだわ」


 あれ? パリエットさんは顔見知りかなのか。


「コータの師をしている」


「そうか、なるほどのぅ。ちょうどよい。アナスタシアに明日屋敷に行くと伝えてくれ」


「分かった」


 パリエットさんはいつもと変わらない。淡々としているものの、私とゲル君たちは場違いだと言いたいほど空気が違う。ゲル君とマリーちゃんなんて住む世界が違うなと、半ば他人事のように見ているし。


 でもさ。言葉が少なくて意味が分からない。まあ、私が理解する必要がないのかもしれないし。口は挟まないけど。


「凄い方ですね」


「ギルド所属の龍人だと五本の指に入る人」


 ダンジョンと町の間を走る馬車の中でさっきの人を聞いてみるけど、なんか不思議な人だなと感じたんだよね。


「あの人、歳いくつなんだ?」


 ああ、それ私も気になった。


「聞いたことない。でも数百年は生きているはず」


 ゲル君はまた無神経だとマリーちゃんに叱られているけど、パリエットさんはあんまり気にした様子がない。そもそもエルフとか寿命が長い人たちは、歳という概念があまりないんだと前に聞いたことがある。


 精霊様たちはさらに大雑把だしね。ちょっと数字が増えるといっぱいと答える精霊様たちが割と多い。知識の精霊様とかは違うけど。


「明日はバルドが来るから一日おやすみ。無理のない範囲で鍛練をしておくこと」


 町に戻ってギルドでこの日は解散だ。


 明日はおやすみか。私はなにをしよう。うーん。料理かなぁ。魔法薬作りも素材がそこまでないし。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チートキャンパーとドジっ子女神様の異世界旅情記 横蛍 @oukei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ